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第35話:水面下の盤面

 ムナリスの港町には、潮の匂いと一緒に噂が流れ込んでくる。市場の魚商人は魚籠を叩きながら、北方の戦況を声高に語り、酒場の片隅では酔った船乗りが誰彼かまわず諜報めいた話を吹聴していた。

 「連邦の艦隊が東回りで補給してるらしいぞ」「いや、あれはカルドミア向けの砂糖積みだって話だ」——真偽は定かでないが、どの声にも緊張が滲む。


 石畳を馬車とオートモービルが混在して行き交い、港には石炭煙を吐き出す外輪蒸気船と、まだ現役の帆船が並ぶ。港湾労働者は革のベストの下に簡易防弾の布鎧を着込み、肩から下げた小銃は、現実世界で言えばモーゼルやリー・エンフィールドに近い古めのボルトアクション式だ。

 無線電信の鉄塔が市庁舎の屋上から海を睨み、港湾事務所の窓口には真鍮の電信機が据えられている。文化と科学は中世から飛び出し、しかしまだ現代には届かない、ちょうど第一次大戦前後の世界のような不安定な均衡にあった。


 ムナリスは表向き、どの国とも敵対していない。しかし、港を行き交う積荷を見れば、どこに顔を向けているかは一目で分かる。リュミナリエの金貨で支払われる穀物の契約書、カルドミアから密かに届く香辛料、そして噂に上るヴァルシェン製の武具。

 「王党派と議会派がどちらに付くかで、港の荷揚げが変わるんだ」——港湾作業員のぼやきは、単なる物流の話に留まらない。ムナリスの内部対立が、そのまま外交方針の揺らぎとなって現れていた。


 ゲーム『ラグナ』では、こうした細かい政治の綾も、文化水準も「背景設定」の一文で片付けられていた。だが目の前の世界では、同じ船着き場の上で金貨の音と剣呑な視線が飛び交い、真鍮の電信機の針がカチカチと鳴っている。

 主人公——オレは、耳に入る情報を無意識に仕分けしていた。これはゲームの公式設定と一致、これは現地独自の事情、これは虚報かあるいは挑発か。

 生のラグナ世界は、データベースの枠組みでは収まりきらない。誰かの思惑と、別の誰かの欲が、盤面の駒を静かに押し動かしていた。


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