第32話:大陸の地図を広げて
広げられた羊皮紙は、机の端から端までを覆うほどの大きさだった。
薄い黄土色の地に、濃い墨色で描かれた山脈と河川、国境線が絡み合う。視線を中央に移せば、地図の真ん中を貫くように、連なる岩の壁――中央高山エリアが走っている。その最奥には、古の炎龍が棲むとされる深紅の印が記されていた。伝承では、その地は空すら焼き尽くす灼熱の領域であり、越えられるのは奇跡か狂気のどちらかだという。
北方の果ては、吹雪と氷原に覆われた厳寒の地。そこを支配するのはアストレア連邦。共和政体を名乗りながら、実質は軍事独裁だ。肥大化した軍事力を背景に、周辺諸国への侵攻を繰り返しており、大陸全土から恐れられている。特に西端のヴァルシェン王国との間では、何十年も絶え間ない戦争が続いている。
ヴァルシェンは「北辺の剣」と呼ばれる防衛国家だ。長い国境線に築かれた砦群と熟練の兵士によって、連邦の侵攻を辛うじて食い止めている。だが、守り続けることは同時に国力を削る。戦火の長期化は国庫を枯渇させ、民の生活を圧迫していた。
その南に隣接するリュミナリエ王国は、古くは港町として発展し、いまや「西の富者」と呼ばれるまでに繁栄した国だ。議会政治を行い、交易で蓄えた財を用いてヴァルシェンを支援しているが、それは純粋な同盟精神だけではない。戦争の継続が経済を潤すことを熟知した、計算高い支援だ。
地図の東側、広大な砂漠の南端にカルドミア王国がある。巨大な砂漠が北方を遮るため、連邦と直接対峙することは稀だが、だからこそ内政と西方防衛に軍事力を集中できる。王権は絶対的で、国の秩序は保たれているが、支配層の硬直はすでに国の将来を蝕み始めていた。
そして、その西の国境に、オレがいま立つムナリス王国がある。
ムナリスは「南の老兵」と呼ばれる古き国だが、その力はすでに衰えている。カルドミアとは友好関係にあるわけではないが、国力の衰退ゆえに敵対行動を取る余裕もない。むしろ、国境沿いでは小競り合いや領有権争いがくすぶり続けており、互いに警戒を解かないままだ。
さらに西のリュミナリエには借金を重ね、内政は混乱の極みにある。貴族たちは自領の利権確保に奔走し、王都は疲弊しきっていた。
ゲーム『ラグナ』では、このムナリスこそがプレイヤーの出発地だ。序盤で魔法師としての力を見せ、名声を高め、やがて王国の重鎮や他国の権力者からも一目置かれる――それが定石だ。
だが、オレはそれを辿るつもりはない。
誰かの用意した舞台で役を演じる気はない。地図の上で、未だ誰の手も届かぬ白地を探す。そこにこそ、オレのやるべきことがある気がした。




