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第30話:赤く染まる空

 視界一面を満たす赤は、血の色ではなかった。

 それは、ゆっくりと沈みゆく巨大な夕日が、雲と大地を等しく染め上げた色だった。

 ムナリス王国の都――ラングリス。外壁の上から見渡せば、古い瓦屋根と石畳の街路が柔らかな光に包まれている。

 美しいはずの光景なのに、胸の奥にわずかな空虚さが広がった。


 近づいてみれば、外壁の石はひび割れ、城門の扉は塗装が剥げてくすんでいる。広場に集う人々の服も、かつて栄華を誇った国の都とは思えぬほど質素だ。

 ここが、かつて『ラグナ』の中で多くのプレイヤーが憧れ、初めて名声を得る舞台だったムナリス王国か――。


 AIが生成したはずの世界は、驚くほど緻密だ。石畳の隙間に生える雑草の影まで再現されている。だが、その精緻さが逆に、この国の零落ぶりを際立たせていた。


 (……なるほど。これが、AIの描くムナリスか)


 『ラグナ』の本来の序盤は決まっている。魔法師として頭角を現し、依頼を成功させ、王宮にも顔を出す――。

 それがゲームの定石であり、多くのプレイヤーが選んできた道だ。

 だが、オレはそれを辿る気はなかった。


 何百年分の時間を与えられたのなら、やるべきことは過去の誰かの再演じゃない。

 “自分だけの物語”を、この世界に刻むことだ。


 石畳を歩き出す。

 道の両脇では、露店がまばらに並び、干し肉や古びた薬草を売る老人たちが所在なげに客を待っている。子どもたちは空き樽を転がしながら遊び、その声はどこか力なく響いた。


 ――名声なんて要らない。

 王道シナリオの勝者にも、英雄譚の主役にも興味はない。

 オレが望むのは、この世界で新しい息吹を生み出すこと。

 それが、現実ではもう得られない、生きる実感だからだ。


 夕陽がさらに傾き、街全体を深い朱に染めた。

 その色の中で、ムナリスはまるで、ゆっくりと燃え尽きていく余生を過ごす老人のように見えた。

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