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第26話:世界生成の瞬間

 Cocoonの側面パネルに黒いストレージを差し込む。

 瞬間、室内全体が低い駆動音に包まれ、床がわずかに震える。

 壁面スクリーンに、見慣れたフォルダ名が次々と流れていく。


RAGNA_CORE/

NPC_DIALOGUE/script_temp/

STAGE_MAPS/WIP/

BATTLE_AI/experimental/


未整理の仮ファイル、削除しきれなかった旧バージョン、そして見るのも嫌になるほど中途半端な試作データ――それらが容赦なく読み込まれていく。

 「……本当に全部入れるのか」

 オレの問いに、篠宮は涼しい顔で頷いた。

 「完成品だけでは世界は広がりません。未完成、矛盾、破片――そういった“欠け”こそ、AIには宝です」


 胸の奥がざらつく。

 “欠け”を埋めるのは、ずっとオレの役目だった。

 それを今、機械に明け渡そうとしている。


 画面が切り替わり、色と線の複雑な立体パターンが現れる。

 「これはAIがあなたの設計思想を抽出している可視化です」

 曲線の集合はクエスト分岐や敵AIの行動パターン、色の帯はマップ光源の配置や演出テンポを示しているらしい。

 自分でも意識していなかった癖まで解析され、数値となって並ぶ光景は、脳の奥を覗き込まれているようで落ち着かない。


 真っ白な仮想空間に、最初の地形が形を取り始めた。

 ヴァルガルドの街並み――しかし、そこには作った覚えのない港湾区が広がっている。

 「過去の設計パターンと街路構造から推測生成しました」

 港には船が係留され、市場が並び、子供たちが走り回っている。

 波の揺れや反射光まで計算され、画面越しにも潮の匂いが漂ってくるようだった。


 さらに山間部に巨大な城砦が姿を現す。

 それは、初期プロトタイプのテスト段階で没にした“幻の第一章”の舞台だった。

 「……削除したはずだ」

 「断片データが残っていました。AIは破棄理由を推測し、構造を再解釈しました」

 あのときは、物語のテンポや世界観にそぐわないと判断して消した。

 だが、目の前に現れた城砦は、欠点を克服し、むしろ物語の核に据えられるほどの迫力を持っていた。


 都市の通りにはNPCが次々と現れ、市場でパンを盗む少年や井戸端で噂話を交わす婦人、船を修理する職人が生活を営む。

 「この動き……」

 「あなたの会話文データと現実世界の生活統計を組み合わせ、日常スクリプトを生成しました」

 ただの背景だった存在が、互いに影響し合いながら呼吸をしている。


 マップ全景が引きで映し出され、海から内陸への街道、雪山、草原が連なり、炎の大陸ムースの中央には巨大な空白がぽっかり残されている。

 「ここは?」

 「あなたがまだ作らなかった部分です。AIは未踏地として保存しました」

 思わず口元が緩む。

 ――この世界には、まだオレが踏み込む余地が残っている。


 篠宮が操作し、シナリオ分岐図が現れる。

 中央の「初期状態」から無数の線が蜘蛛の巣のように広がり、既存の構造と新たな分岐が入り混じる。

 中には、自分では思いつきもしなかった展開もある。

 ――AIは、オレの限界を軽く超えてくる。


 街の灯が順番に点き始める。

 まるで巨大な生命が初めて息を吸い込む瞬間を、外から覗き込んでいるかのようだった。

 オレは、その光景から目を離せなかった。


 灯りに照らされた街路が画面の奥へと伸びていく。

 視線を辿ると、見覚えのない路地があった。

 石畳の上には、小学校の帰り道に見たような、赤錆びたブランコが揺れている。

 「……こんなの、ラグナには作ってない」

 声に出した瞬間、胸の奥がざわりと波立った。

 篠宮は淡々と答える。

 「AIは欠落を埋める際に、創作者の記憶や嗜好の断片をも参照します」

 「記憶……?」

 「データだけではなく、あなたが記したメモ、設定ファイルの端に残された走り書き、スケッチブックの落書き――そういうものも全部です」


 ブランコのそばに、見覚えのある影が一瞬立った気がした。

 振り返ったときには、もう何もなかった。

 ただ、画面の向こうの空気が、自分の記憶の色を帯び始めているのを感じる。

 ――これは、ただのゲームの生成では終わらないかもしれない。

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