第25話:踏み出す一歩
翌朝、窓の外は薄曇りだった。
寝たはずなのに、頭の奥は妙に冴えている。昨日までの迷いは、霧が晴れた後のように形を失っていた。
――決めたんだ。
これ以上、残された時間を悩むためには使わない。
バッグにノートPCとポータブルストレージ、そして何冊かのスケッチブックを詰め込む。
どれも『ラグナ』の断片だ。手書きのモンスターの習作、港町の地形案、未完成のイベント分岐図。
学生時代から机に積み上げ、削り、また書き足してきた層は、もはや年輪のようだった。
玄関の扉を開けると、ひんやりとした朝の空気が肌を刺す。
駅までの道を歩きながら、スマホを取り出し、中原と三谷、美咲にグループメッセージを送る。
『やる。オレはラグナに入る』
既読が並ぶのと同時に、中原からスタンプが飛んできた。腕を組んで頷くシルエット。
三谷は一言だけ『後悔すんなよ』。
美咲は短く『帰ってくるんだよ』と返してきた。
それだけで、背中に熱が灯る。
病院に着くと、篠宮が待っていた。
「天城さん……来ましたね」
「約束通り、一度は戻る。それが条件だ」
篠宮は頷き、少し笑った。
「もちろんです。Cocoonの中では、百年でも二百年でも過ごせます。ですが、現実でのあなたの半年は、確実に減っていく」
「分かってる。だからこそ、最初の一歩を無駄にしたくない」
案内された研究棟の奥、白い壁に囲まれた広い部屋。中央にはあの《Cocoon》が鎮座していた。
昨日見たときと変わらないはずなのに、今はまるで巨大な心臓のように脈動しているように感じられる。
その隣の卓上には、すでに昨日の夜にまとめた『ラグナ』のデータとスケッチが整然と置かれていた。
篠宮は黒いケースを開け、ストレージを手に取る。
「これを挿入すれば、あとは世界が生成されます」
その言葉に、オレは深く息を吸った。
今から踏み出すのは、二度と戻れないかもしれない一歩だ。
だが、その先には、創りたかった世界が待っている。
「……頼む」
短い一言を残し、オレはCocoonの外殻に手を置いた。
冷たい感触が掌に広がり、同時に微かな振動が脈打つように伝わってくる。
その瞬間、迷いは完全に消えた。




