第24話:迷いの海
深夜、アパートの部屋はモニターの光だけが灯っていた。
机の上には空になった缶コーヒーがいくつも転がり、メモ帳やスケッチブックが雑多に積み上げられている。そこには、学生時代から積み重ねてきた『ラグナ』の構想断片がびっしりと書き込まれていた。未整理の戦闘アルゴリズムのメモ、キャラクターの口癖集、地形構想のラフスケッチ。
――これらがすべて、あの《Cocoon》の中に取り込まれる。
その事実だけで、胸の奥に小さなざわめきが広がる。
デスク横のスマホが震えた。画面には「中原」の名前。
通話に出ると、開口一番、彼は言った。
「……本当にやるのか?」
オレは少し笑ってごまかす。
「やらなきゃ終わらないだろ。時間は……あまりない」
短い沈黙の後、中原はため息を漏らした。
「でもよ、AIに任せるなんて、お前が一番嫌ってたことだろ。人の手で作るって言ってたじゃないか」
「分かってる」
そう答えた声は、自分でも驚くほど低かった。
「……でも、もう選べない。オレ一人じゃ、ラグナは完成しない」
その夜は珍しく、三谷からもメッセージが届いた。
『迷ったら、最後に何を残したいかで決めろ』
短い一文に、彼らしい不器用な励ましが滲んでいる。
残したいもの――オレがこの世を去った後も形として残るもの。
考えれば答えは一つだ。『ラグナ』だ。
だが、その中にAIの手が混ざることへの抵抗感は、どうしても消えない。
机の上のメモ帳を一冊手に取る。学生時代にアバロスと共に作った最初期のラグナの設計図だ。
ページの端には、当時のオレが赤字で書き込んだ文字が残っている。
――「人が創り、人が遊ぶ」
その信念が、ずっと自分を動かしてきた。
けれど、今は違う。人が創り、AIが補い、その世界で人が生きる――そんな未来を選ぼうとしている。
ふと、余命の宣告が頭をよぎる。半年、持って一年。
現実での残り時間は、どれだけ抗っても延ばせない。
だがCocoonの中では、その限られた現実時間が何百年にも膨らむ。
もしそこで、ずっと求めてきた完全な『ラグナ』を創れるのなら……。
その魅力は、あまりにも甘い。
深く息を吐き、モニターをスリープ状態にする。
机の端でスマホがまた震えた。今度は香坂美咲からの短い音声メッセージだ。
『煌也、もし入るなら……ちゃんと戻ってきて。約束だからね』
――戻ってくる。
その一言が、明日の自分を縛る鎖のように胸に残った。
夜の静寂の中、オレはようやく椅子にもたれた。
現実と仮想、その境界線がすぐそこまで迫っている。
迷いの海はまだ晴れない。けれど、潮は確実に満ちてきていた。




