第23話:データの投入口
制御パネルの光が収束すると、来訪者――篠宮は机の上に黒いケースを置いた。
中には、無骨な外装のポータブルストレージが収められている。
「天城さんの“PROJECT RAGNA”に関する全データを、Cocoonに取り込みます」
その一言で、胸の奥がざらついた。
篠宮は続ける。
「これはA-Genだけの仕事ではありません。Cocoonは複数のAIモデルを統合できる設計です。必要に応じて、A-Gen以外のあらゆるタイプAIも組み込めます」
彼はわざと淡々と説明しているが、その奥に微かな挑発が混ざっている気がした。
「……全部、入れるのか?」
オレは確認せずにいられなかった。
「はい。完成していない部分も、構想メモも、テキストの断片も」
篠宮は視線を逸らさずに答える。
「それらの“欠け”こそが、世界を広げる種になります」
オレの頭に、作業机の上や、古びたノートPC、スマホのメモアプリが脳裏に浮かんだ。
プロトタイプのスクリプト、書きかけの会話文、モデル名すら決まっていない敵キャラの設定……
それらが全て、この黒い箱の中に詰め込まれる。
中原からチャットが飛んできた。
〈本当にやるのか?〉
〈まだ迷ってる〉と返すと、間を置かずに既読が付く。
〈AIに任せたら、それはもう“お前のラグナ”じゃなくなるかもしれない〉
〈……分かってる〉
その言葉は、ずっとオレの胸の奥でくすぶっていた火種を揺らす。
三谷からもメッセージが届く。
〈完成を急ぐならAI使うしかない。でも、それで満足できるのかは別だ〉
島崎は短く〈お前がやりたいようにやれ〉とだけ送ってきた。
仲間たちの言葉が、それぞれ違う重みで心に沈む。
篠宮が黒いストレージをCocoonの側面スロットに差し込み、軽いクリック音が響く。
すぐに壁面モニターが切り替わり、ファイル群が滝のように流れていく。
RAGNA_CORE/
NPC_DIALOGUE/script_temp/
BATTLE_AI/experimental/
未整理のフォルダ、エラーコードの残る戦闘スクリプト、破棄したはずの旧マップデータ――オレが積み上げてきた年月の痕跡が、すべて機械の中へ吸い込まれていく。
「これから解析に入ります」
篠宮はモニターを見つめながら言った。
「複数のAIが同時にあなたの設計思想を学習し、異なる補完案を生成します。最終的にどれを採用するかは――あなたが決める」
オレは深く息を吐く。
――機械に委ねた時点で、それはもう“純粋な人間の作品”じゃない。
だが、時間はない。
A-Gen全盛の時代に背を向けたオレが、最後の最後でこの扉を開くのか。
アバロスは黙ったままだ。
いや、もしかすると――その沈黙こそが、答えなのかもしれない。




