第22話:時間をねじ曲げる技術
来訪者は《Cocoon》の側面に立ち、表面に埋め込まれた制御パネルへ指先を滑らせた。
淡い青の光が走り、内部構造の立体モデルや膨大な数値が宙に浮かぶ。
「この装置は、単なる記録媒体や仮想現実の機械ではありません。あなたの意識を時間の枠組みごと切り離し、再構築するためのものです」
その声は穏やかでありながら、響きが部屋全体に染み渡るようだった。
オレは眉をひそめる。
「時間を……切り離す?」
「ええ。あなたの身体が置かれた現実の時間と、意識が存在する時間とを分岐させるのです」
来訪者は指先で宙をなぞるような仕草をし、二本の平行線を描く。
「こちらが現実の時間。もう一方が、装置内での時間。分岐した意識は、こちらで何倍もの速度で時を過ごせる」
線と線の間隔を大きく広げながら、来訪者は静かに告げた。
「その加速率――最大で、現実の1,048,576倍です」
数字が脳裏で跳ね返る。
「……百万倍以上?」
「そうです。現実の一秒が、こちらではおよそ十二日間に相当します。現実の一日なら二万八千年以上」
吐き出された数値が、空間の温度を一瞬で変える。
もし余命半年だとしても――向こうでは数百年、いや千年単位の“余生”を生きられる計算になる。
来訪者は間を置き、続けた。
「ただし、これはあくまで理論上の限界値です。実証実験や安定運用では、現実の一日を仮想一年程度に設定するのが最も安全でした。加速しすぎれば心理的飽和や記憶の劣化、認知負荷が蓄積します」
その一言で、無限にも思えた時間が、一気に“現実味”を帯びる。
オレは口を開きかけて――やめた。
現実では残り時間が短い。それなのに、この中では幾世代分も過ごせる。
それは救いなのか、それとも……。
「もちろん、代償もあります」
来訪者は淡々と告げる。
「装置の中にいる間、現実世界のあなたは眠り続けます。外で何が起ころうと、それを知ることはできません」
「……永遠に目が覚めない可能性も?」
「可能性は否定しません」
その即答に、虚飾のない真実の重みがあった。
アバロスが頭の奥で呟く。
「コウくん、心拍が上がっています。興奮と恐怖が拮抗しています」
(……ああ、分かってる)
その声はいつもと同じ調子なのに、妙に遠く感じた。
来訪者はパネルを操作し、投影映像を切り替えた。そこには、装置に横たわる無数の人物の姿が映し出され、その何人かは穏やかな笑みを浮かべている。
「彼らは皆、現実では終わりの近い命を持っていました。しかし、この中で、それぞれの“続きを”生きているのです」
「……オレに、その続きをやれと言うのか」
「提案です。選ぶのは、あなた」
《Cocoon》の青い光が、オレの瞳を深く射抜いた。
その瞬間、現実の時間がほんのわずか遅くなったように感じられた。




