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第21話:装置の威容

 黒き来訪者――その名を未だ名乗らぬ人物の案内で、オレは港区の中心にそびえる高層ビルに足を踏み入れた。

 外から見上げたときには、ガラスと金属が鋭利な線を描く、まるで刃を天に突き立てたような建築物だった。昼の陽光を受けて、表面が冷たい銀色の輝きを返す。近づくにつれ、その威圧感は一層増していく。


 自動ドアが静かに開く。中は外界のざわめきと切り離されたような静謐が支配していた。

 床は鏡のように磨かれた黒大理石、天井からは白色の間接照明が柔らかく降り注ぐ。壁際には一切の装飾がなく、無駄を削ぎ落とした空間が人の心に微かな緊張を強いる。


 受付を通るとき、警備員の視線が一瞬だけオレを値踏みするように走った。来訪者が軽くカードをかざすと、セキュリティゲートが無音で開く。そこから先は、まるで異なる階層へ降りるような感覚だった。


 専用エレベーターの中は狭く、金属光沢の壁面が微かに自分の顔を映す。

 静かな機械音とともに昇降が始まり、数字が淡々と増えていく。無言のまま立つ来訪者の横顔を盗み見るが、やはり表情は読み取れない。唯一、エレベーターの照明がその黒髪に淡い輪郭を描き出していた。


 やがて扉が開く。そこは、外界の時間とは別の速度で流れているかのような空間だった。

 部屋の中央に、それはあった。


 ――《Cocoon》。


 カプセル型の装置は、流線形のシルエットを持ち、艶消しのホワイトグレーが光を柔らかく反射している。縁取りには淡い青色の光が走り、その呼吸するような点滅が、まるで生き物の鼓動を思わせた。

 表面は継ぎ目なく滑らかで、どこか無垢な印象を与えるが、同時にその内部に潜む機能の凶暴さを隠しきれない。こいつはフルダイブ機器というヤツだ。


 A-Genの登場が、人類にもたらしたもう一つの革命がフルダイブだ。

 脳と神経を直接リンクさせ、現実と見分けがつかない感覚を体験できる仮想空間――聞こえはSFだが、今じゃ子どもでも当たり前に使う。


 フルダイブの“世界”はA-Genが作っている。地形、天候、NPCの感情――全部AIがリアルタイムに生成し、利用者の心理に合わせて変化させることも可能だ。

 つまり、フルダイブはA-Genの能力を最大限発揮するためのインターフェースにすぎない。娯楽はもちろん、教育、医療、あらゆる分野でフルダイブとA-Genのコンビが使われるようになった。

 現実よりも安全で、現実よりも自由で、現実よりも自分好みの世界――そんなものに、一度でも触れたら、二度と現実だけでは満足できなくなる。


学校では、子どもたちが仮想教室で歴史上の偉人と直接会話し、火山活動の授業ではマグマの中を“安全に”散歩できる。


 病院では、長期入院の患者が仮想の街で買い物やジョギングを楽しみ、その記録がリハビリプランとして医師に送られる。

 現実と仮想の境目なんて、誰も気にしなくなった。

 むしろ「どっちが現実か」を議論すること自体、古臭いジョーク扱いだ。


 もっとも、《Cocoon》は、ただのフルダイブ機器という訳でもなさそうだ。


 ベッド部分には微細なセンサーやパッドが整然と配置され、頭部を覆うドーム状のパネルには無数の光学センサーが埋め込まれている。背後からは複雑に編み込まれたケーブル群が、壁面の黒いコンソールへと伸び、そこでは数値や波形が途切れることなく変化していた。

 かすかに漂うのは新しい金属と消毒液の匂い。その奥底に、言葉にならない冷ややかな気配がある。


 来訪者はゆっくりと装置に近づき、手袋を外した。

 白く長い指先が外殻を撫でると、表面の光が一段階だけ強まる。

 「これが――時間を越えるための棺です」

 声は低く、しかしどこか誇らしげだった。


 オレは思わず息を呑んだ。

 それは、医療機器の厳格さと、未知の世界への扉としての誘惑、その両方を兼ね備えていた。

 そして――その存在感は、まるで“この中に入れば、すべてが変わる”と告げているようだった。


 「あなたが望むなら、この装置は……あなたの時間を組み替える」

 淡々とした説明に、アバロスの声が頭の奥で微かに響く。

 「……コウくん、今、息が荒いですよ」

 (……分かってる)

 言いながらも、オレは視線を離せなかった。

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