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第19話:突然の訪問

 退院からまだ三日目の午後だった。

 外は春の終わりを告げる湿った風が吹き、ベランダ越しに届く花の匂いと街の埃が混じり合っている。

 ソファに身を沈め、膝の上には読みかけのゲーム企画ノート。

 病室で何度も書き直したはずなのに、退院してからは一文字も加えられずにいた。

 限られた時間をどう使うべきか――その答えはまだ見えていない。


 「……コウくん、今日は少し考え込んでいますね」

 リビングの端に置かれた端末から、アバロスの声が届く。

 (まあな)

 答えは短く、空気のように会話は流れた。


 その時だった。

 インターホンの低い電子音が部屋に響く。

 来客の予定はない。宅配でも頼んだ覚えはなかった。

 不審に思いながらモニターを覗くと、そこに映っていたのは漆黒のコートを纏った人物だった。


 長身で、姿勢は一分の隙もない。

 肩までの黒髪は光を受けても艶を返さず、夜の影をそのまま持ち込んだようだ。

 コートの下には深紅のシャツが覗き、その色は血よりも濃く、冷たさと妖しさを同時に帯びている。

 視線はモニター越しにも鋭く、こちらを貫くようで、しかし口元には薄い笑みが浮かんでいた。


 胸の奥がわずかに強く脈打つ。

 (……誰だ?)

 オレが小さく呟くと、アバロスが静かに言った。

 「開けますか、それとも……」

 少しの間を置き、オレは息を吐き出す。

 (話ぐらいは、聞いてみるか)


 ドアを開けると、外気とともに来訪者が一歩踏み入った。

 香水の匂いはしない。それでも、空気の密度が変わったような圧を感じる。

 相手は一言も発さず、ただ微笑を保ちながら、ゆっくりと部屋を見渡した。

 その瞳は、物を見るというより、すべてを測り取っているようだった。


 「……天城 煌也さん、ですね」

 低く、響く声。

 その響きには、人の生死を遠くから眺めてきたような落ち着きと冷ややかさがあった。

 背筋をわずかに震わせながらも、オレはうなずいた。


 「あなたの時間について、お話しに来ました」


 アバロスは、何も言わなかった。

 けれど、その沈黙は、何かを見極めているかのように長く、重く、そこにあった。

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