783話 策士
まるで無邪気な子どものように弾幕を張るイデリア。そんな攻撃をひたすら避けながら、隙がないかを探っていく。
だが、そんな隙はなく、圧倒的な物量で、容赦なく押し潰してくる。避けることでさえも難しくなり、さっきのように剣を振りかざすが、押し切るという思いの籠った一撃はとてつもないほどに重たく感じた。
「クッ! さっきはあんまり意味ないのねって言っていた割には随分と派手なことをするのね、イデリア」
「だって、アリアを疲労させることが目的なんだから、それは有効な手段でしょ」
それは先ほど確かに私が言ったことである。だがそれを、まるで鵜呑みにはしていないような感じを出していた。
「まさか、それは演技でもしていたってわけ?」
「演技? 私がそんなことをするわけないじゃん。ただこんなことをするのが、楽しくなってきたって思っただけよ」
イデリアは不敵な笑みを浮かべる。それはまるで悪魔のような笑みであり、とても楽しそうに見えた。そんなイデリアの顔を歪ませたいと思ってしまう。
そう思ってしまったら、どうしてでもやりたくなってしまう。私は、手に持っていた剣を強く握り締め、勢いよく走り出した。
思いの外勢いよく飛び出したのが影響したのか、私自身が少しばかり驚いて顔に出てしまう。だが、それを見られていたところで、まったくもって戦いには一切影響はしない。
「急に走り出してどうしたわけ? 真正面から私の元へ向かってくるなんて相当バカなわけ」
魔法陣が回転を始め、一気にライトニング・ビットが放出され始める。そんな攻撃を真正面から突っ切り、そのまま一切速度を落とさず突き進んでいく。
そんな状況を止めるべく、イデリアは魔法をあらゆる角度から勢いよくぶっ放してくる。これが、魔物や魔族なら簡単に死んでいたような魔法の数々だ。
私の足は止まらない。攻撃を受けてもなお、足の速さはまったく落ちなかった。
「なんでそこまで平気な顔をして、こっちに突っ込んでこられるのよ!! 普通は絶対に無理なはずなのに、どうしてよ」
「そんなことは簡単だよ。だって私の目的を達成するまでは倒れないって思い続けているから」
「目的? もしかして逃げること」
「違う。イデリアの顔を歪ませたいと思ったから」
それを聞いたイデリアは何を思ったのか、私には決してわからないが、それでも本気で敵意を包み隠さず殺気すら感じるほどである。
「歪ませるですって? 今度こそ、顔を歪ませるのは私なんだから、決して歪んだ顔になんてなりませんからね、わかっているわよね、アリア」
「どの口が言ってんだか」
周囲を囲うようにして配置された魔法陣から魔弾を発射される。それを剣で捌きつつ近づいていく。どんなに近づいていこうが、イデリアは、まったく関係ないと言わんばかりに魔法を撃ち続けている。
それでも、焦りというものは、自分でも気が付いていないうちになっているものだ。
放つ魔法はどれも一級品ばかりの魔法であり、私が生涯を懸けてでも放つことの出来ない代物。だが、そんな魔法ですら剣聖の前では無意味である。
イデリアの攻撃はまともに先ほどから当たっていない。
「撃っている魔法は一級品のくせに、一向に当たる気配がないわね」
「だからって何? そっちだって私に近づけても攻撃を繰り出せていないでしょ、そっちだって一級品の剣技を見せて見なさいよ」
一気に踏み出した直後のことだった。地面に魔法陣が展開される、それは間違いなくトラップ魔法。
「バーニング・チェーン!!」
無数に伸びてくる鎖。それはイデリアの言葉通りとてつもなく熱そうであり、一瞬でも触れたら火傷では済まなさそうだ。
そんな鎖が、まるで生きている生物のように意思を持って襲い掛かってくる。それに加えて、分裂を繰り返し、物量で押し切ろうとさえしてきた。
それでも避けることぐらいは容易に出来たが、肝心の近づくことがまるで出来ない。攻撃をここまで封じられた戦い方をさせられるのは、正直に言ってストレスである。
そんな怒りをイデリアは蓄積させようとしているのが、戦っていて感じることだ。イデリアの狙いは、視野を狭めさせることが目的。
「まぁ、そんな簡単には焦ってくれないよね。そんな余裕がどこまで続くか見ものだけど」
そんな鎖の間を縫って通ってくる魔弾。周囲をチラッと見ると、分身のイデリアが数人いた。
「ここにきてそんなことするわけ、ありえないんだけど!? 普通そこは一対一での勝負っていうのが決まりなんじゃないの?」
「そっちだって分身を出せば良いじゃん。そこに囚われた剣聖が、一人でどうすることも出来ないと私は思うんだけど」
確かに今私は、完全に身動きが制限されている。分身が繰り出している魔弾が嫌な場所に放たれ続けてくる。逃げ場を探すだけで精一杯の状況だ。
おそらくこうなることがわかっていた。それに加え、自分自身を複数出すことによって、より視界を狭まることを狙っているのがわかる。
「それでも、私にはこの状況を潰せることが出来る!!」
「させないわよ!」
手を叩こうとしていた瞬間、魔言が放たれる。体がまるで金縛りにあったかのように動かなくなる。次々に飛んでくる魔弾に鎖の一撃が私を襲う。
思わず地面に倒れ込んでしまう。完全にイデリアの作戦に私はまんまと引っかかっていた。なんとも策士であり、それをやってのける強さに惚れてしまいそうだ。
「だけどね、私を倒したいならこんな甘ったるい攻撃は無意味なのよ」
けたたましいほどの音がなる。その瞬間、イデリアの魔法は完全に機能停止し、その場にうずくまって倒れてしまう。
展開していた魔法が段違いに多いため、私にも反動で気が狂いそうなほどのダメージを脳内に受けるが、そんなことどうでもよかった。
立ち上がり、剣を強く握り直し、イデリアに向かっていく。イデリアは、悲痛な叫び声を上げることで精一杯であり、そのまま、首筋に剣を突き立てるのであった。
「私の勝ちだよ、イデリア」




