781話 ボロボロになっていく体を無視して鞭を打つ
次の日も、また次の日も、何度日にちを跨いだか誰もわからなくなった頃、私たちはようやく魔族の居場所を特定した。
あのサルを討伐してからというもの、家ではまるでオーガのように仁王立ちをするようになったガード。それから逃げるように、私たちは毎日のように王都周辺を飛び回っていた。それは、大体の内情を知っているものなら、考えたら簡単にわかるほどに、ガードの策略の賜物である。
そんなことはつゆ知らず、私たちはギルマスからのクエストを終わらせることに必死になっていた。
どうして魔族討伐のクエストを終わらせようと思ったか、それは至極簡単なことである。フェクトがいたからである。フェクトの魔族を探れる気配感知を使えばこんなクエストなんて、すぐに終わると思っていたのだ。
だが、蓋を開けたらどうだろうか。それはまったく意味を成さず、ただひたすらにあてもなく探す旅が続いた。それも、大雪が降っている極寒の日々に。
そんな中でも、ガードは私たちが休むことを決して許そうなんてことはなかった。一度休んでしまったら、私たちが動き出すまでに相当な日数を無駄に消費することを学んでいるからである。
そんな状況にも関わらず、真っ先に会いに来そうなイデリアすら、我が家には寄りつかない。決して仕事が忙しいすぎてというわけもないのは、魔法界職員を見ればわかる。ほとんどの職員が定時帰りであり、私たちとは比べ物にならないほどに、疲労感が程よく溜まっている程度だった。
魔族を見つけるための情報なんてほとんどなく、数行書かれた程度の手がかりだけではなんとも心細い代物である。
小さい木の棒で、魔神王を倒せと言われているようなものである。
ただ、その情報を探るためにはギルドに行く必要があったが、そんなことが日中出来るわけもなく、飲んだくれている連中相手に情報を聞き出す日々まで加わっていた。
そんな状況の中でも、誰も私たちを助けてくれようとはしなかった。ギルマスですら、私たちの状況には目もくれず、冒険者とエールを飲み交わす日々である。
そんな日々が日常と化して、朝はガードから逃げるように王都を出国し、日中は極寒の中ほうきに乗ってあてもなく探し、夜は飲んだくれ相手にクソみたいな情報を聞き出す始末。
そうして私たちはようやく魔族を見つけた時、何の感情も湧かなくなっていた。
目の前にいる探し求めていた魔族。すでに戦闘態勢を取っており、いつでも攻めると言わんばかりに、こちらを本気の目で睨み付けていた。
「お前たち、ずっと俺のことを探し回っていたんだろう。せっかく王都の近くまできて、王都陥落計画の準備までこっさえている状況で、お前ら如きに負けるわけにはいかねぇんだよ!」
そんなことを騒いでいる魔族なんて微塵たりとも興味なんてなかった。こんなやつをわざわざ放置していたアイツらに怒りをぶつけたくなるぐらいには、私たちが戦いたい相手ではない。
こんなクソみたいな三流を、わざわざ白銀の冒険者にやらせようと思った経緯を知りたいぐらい、戦う気にもなれないほどには弱さが滲み出ていた。
「はぁー……はぁー……」
思わず二回もため息をついてしまう。そんな状況に魔族はブチギレて、魔法を放ってくる。魔法を見ずに避けつつ、魔族に目線すら合わせようとは誰もしなかった。
そんな状況が何度も繰り返される中、魔族も嫌が差したのか、私たちを迂回する形で駆け出していく。
フェクトの作った結界をぶち破ることが出来ないと判断したからなのは明白だった。そんな魔族を追いかける気にもなれず、ただその場で座り込んでしまう。
雪は冷たく、ズボンのお尻部分から一気に染み込んでいくのがわかる。
それでも、そんなことがどうでもよくなるほどには、今の気分はそんな簡単に変えられるはずもなかった。
「あの魔族、王都の方へ一直線に向かってるニャー。あのまま行っても勝ち目なんてないのによくやるよね」
ナズナがそんなことを言った。確かに気配感知に王都へ向かう魔族の気配が確認出来る。
そんな時だった。
頭の中に響き渡る声が、強烈な頭痛を生んだ。
(アリア、一体何をしているの? なんで魔族が一直線に王都の方へ向かってきているわけ。さっきまで接敵していたわよね。どうして追いかけないの!)
それは至極真っ当な正論である。
(今更何の用? 私たちがあれだけ毎日駆けずり回っていた頃は、まるで赤の他人ですと言わんばかりに接触をしてこなかったのに、こんなことになったら話し掛けてくるとか都合が良すぎだとは思わないの)
(それはガードに会うのは控えてほしいって言われたのよ。私だって何度も会いに行こうとしたわよ。アリアたちがあんなボロボロになって毎日のように過ごしていたのは私も知っているんだから)
それを聞いていた二人も私も、何も返事を返そうとは思わなかった。刻一刻と近づいていく魔族の気配を横目に、私はため息をつきながら立ち上がる。
腰に下げた剣を鞘から抜き、私はまるで散歩にでも繰り出すかのように、さっと飛び出して行った。足取りは重たく、それでもまったくもって私の方が魔族よりも速かった。
そうして追いついた頃、魔族の顔はとてつもないほどにブルーであり、息切れを起こしている。胸を抑え、苦しそうにしていた。
「あれ? どうしたの、王都を壊滅させるんじゃなかったっけ。なんでそれなのに、こんなところで休んでいるわけなの」
魔族は目を見開き、とてつもないほどに驚いた顔を見せた。
そんなことは私にはどうでもよく、魔族の首筋に剣を突き刺す。思いも寄らなかったのか、その驚きに満ちた表情を見せたまま、そのまま死んでいった。
(二人とも終わったよ。こんなあっけなく終わる勝負なんてしたいとは、私たち、微塵も思っていないのにね)
魔族は、まるで地面に落ちて見えなくなっていく雪のように姿形は消えていく。ツノすら残らず消えていく、それほどまでに致命傷を与えていることを私はようやく知った。
それでアイツらに対して恨みなんて消えるはずもなく、ただ茫然とその場に立ち尽くすのであった。




