726話 プライド
雨はあれから続き、ようやく晴れたのは降り始めて三日経った昼下がりだった。
厚く覆われた雲がだんだんと消え、カラッと晴れた晴天模様である。その雨が上がった影響だろうか、春の残り火はとっくに消え去り、夏の陽気が姿を露わにしていた。
ジメジメとした暑さがもうすでに懐かしいとさえ思うほどであり、額からは汗が噴き出ている。
「急に暑くなってきたな、思っていた以上に体がまだすぐには適応出来そうじゃねぇな」
「ほんとうにそうニャー、なんで急にこんな暑くなるかな。マジで暑すぎて冷気が足りない!!」
「ナズナ、そんな文句は言ったらダメよ。それに暑さは少しずつ慣れていかないと……それにしても今回の雨は長いこと降ったわね」
あの時、私はすぐに止むと思っていた。それがここまで降り続けるとは思いもよらず、この三日間は思うように進めなかった。
食料は問題ないが、それにしても予想外だったことには変わらない。もうそろそろ国に着いてもおかしくないはずだが、まだ着けずにいた。
「とりあえず今日はこれからノンストップで進んでいくわよ! ここで進んでおかないとまた着くのが遅れるわよ」
「それは困るニャー、そろそろ着いてほしいニャー」
そんな話をしていると、風が吹いた。それも結界で守られている私たちを少しばかり押し戻す勢いである。その風を吹かせたのは自然か、それとも魔物なのか、まだどちらかの判断は付かないがどちらにせよ何かあるだろう。
「二人とも警戒だけは怠らないでね、なんであんな風が吹いたのかわからない以上、慎重に動くべきだと思うから」
だが、気配感知には魔物の気配はない。それでもなぜか胸騒ぎがした。
「ウィンドブレス」
凄まじい魔力を感じたと思った瞬間、結界にはヒビが刻まれていた。フェクトはすぐさま結界を張り直し、魔力の気配を探っている。
それでも、飛んできた場所には残滓が残るだけで、すでに姿はない。
「ウィンド・バーン!」
そんな声が聞こえてくるのに、姿は見えず魔法だけが放たれ続けている。その上、威力はフェクトの結界にヒビを付けられる程度であり、その時点で相当強いことは確定である。
フェクトの顔は見なくてもわかるほどに、怒りで燃えたぎっていた。自分の結界が最も容易く傷をつけられるなんて、フェクトはあまり思いたくもないのだろう。
魔法が扱える存在は、自分の魔法にプライドを少なからず持っているものである。そのプライドをまるでおもちゃ扱いするかのように、傷つけられたらフェクトはキレてもおかしくない。
「俺が潰すからお前らは絶対に手を出すなよ。この俺にわざわざ喧嘩を売ってきたんだ、それぐらいの覚悟は出来てるだろうからな」
「それは良いんだけど、怒りで我を忘れ過ぎたら足を掬われるニャー。ここは冷静にいかないと、痛い目を見るかもしれないからさ」
ナズナの指摘通り、フェクトはだいぶ怒りで我を忘れかけていた。あのフェクトが私たちのことを『お前たち』という言葉を使うことは今までほとんどない。
そんな言葉を使ってしまうほどに、フェクトに余裕がない。
「一回深呼吸しなさい。フェクトが怒りに身を任せて攻撃させたくないのか、魔物も攻撃をしてこなくなった。それほどまでに、今のフェクトと戦いたくないんだろうね」
ここまで怒るなんて、攻撃を仕掛けてきた存在は思いもしなかったのだろう。今のフェクトにバレずに隠れているあたり、相当気配を消すのが上手い。
その上、私たちに喧嘩を売ってもなお、まだ逃げ出さないのはそれなりのプライドを持っていると主張しているようなものだ。
「こんな状況になっても逃げないなんて、すごいよね。気配も魔力も探れないのに、それだけはわかる。もうすでに逃げられないことをわかっているからこそ、それだけは醸し出してる」
「何言ってんだ、アリア? そんなことを言われてもわかるか!」
「そうだよ、最初から何を言っているのかちんぷんかんぷんだったニャー」
でも確かにいる、そう直感が告げているのだから。
「サイクロン・ブラスト!」
痺れを切らした。そう断言出来るほどの魔法をぶっ放してきた。
「場所の把握完了! 魔翔弾・ビット」
フェクトの魔力は凄まじいものだ。場所さえわかれば、圧倒的な物量と力量で押し潰してしまうのだから。そうして現れた存在は、フェアリーである。
私たちにイタズラを仕掛けたのだろう。だが、簡単に修復される上、格上の相手すぎて逃げることすら出来なかった哀れな存在。
「よくも俺の結界に何度もヒビを入れてくれたな、覚悟は出来てるんだろうな? フェアリー!」
再び魔翔弾を放つフェクト。ボロボロになった体を立ち上がらせ、なんとか逃げ惑うがそう長くは続かない。それどころか、フェアリー特有の羽はボロボロとなり飛べなくなっていた。
「おい、どうした? 先に仕掛けてきたのはフェアリーなのに、もう終わりか? 俺のプライドをここまで傷を付けておいて自分はあの世に逃げるのかよ」
「フェクト、もう無理だよ。フェアリーの羽があそこまでボロボロな上、もう立てられるほどの力は残っていない。これ以上痛め付けることは許さないから」
フェクトの顔は、まだ納得していないと訴えかけているような顔であるが、それでも私は静止させた。
「あのまま放っておくのも寝覚めが悪い。ここは私が仕留めてくるよ、これ以上痛みが広がらないうちに」
「アリアの攻撃だって痛いだろ、だったら最後まで俺が仕留める権利があるはずだ」
フェアリーはとてつも辛そうにしているのがわかる。こんなことになるなら、こんなことをしなければよかったとさえ、思っているのかもしれない。
そんな後悔に満ちた顔は、夢に出て来るかもしれない。
「剣聖たる所以の一撃、汝の痛みを少しでも早く終わらせられるように至高の一撃を放つ。それは汝に送る、最初で最後の贈り物である。剣聖剣技・雫の突き」
まるで雫が落ちて来るかのように、私はフェアリーに剣を触れさせたのだった。




