723話 いつもの日常と不穏な言葉
春の暖かさを感じるこの季節。だんだんと夏の暑さがジリジリと迫ってくる頃、私たちの旅もだんだんと夏仕様へと変化していくのであった。
そんな季節の変わり目を感じる中でも、私たちは相も変わらずほうきに乗ってあてもない旅を続けていた。
「暑いよ〜春の陽気が恋しいよー」
ナズナのそんな声が背後から聞こえてきた。お昼寝が出来そうなほどに心地よい暖かさがあった春の陽気。今では夏の陽気へ移り変わりを始め、下手したら冷気を体に浴びなければ活動出来ないほどの暑さが時折あった。
そのせいもあって、まだ春の陽気に慣れていた私たちは、少なからず夏の陽気へ対応するのには少しばかり手こずっている状況が続いていた。
「そんなこと言っても春の陽気は戻ってこないだろ、諦めてさっさと夏の暑さに慣れろ! 毎年のことなんだから、そろそろ慣れたらどうだ」
「年々暑くなっているのに、どうやって慣れろって言うニャー! まずもってフェクトが冷気を出し渋っているのも慣れない原因ニャー。ここでさっさと出しておけばこんな小言を言わずに済むのにニャー」
フェクトはたまらずため息を出す。毎年のように二人は言い争っているが、どちらともがそれぞれの意見を持っており、二人揃ってそれを折る気は一切ない。
そんな言い合いをバックナンバーのように聞き流しながら、私はようやく平原から森林地帯へ入っていくマップを見て、ニヤケていた。
「いつまでアリアはマップを見ながらニヤついてんだ。少しはナズナに慣れろって言ってやれよ! ナズナは、アリアの言うことなら聞くだろ」
「聞かない時は普通にあるわよ。それに私の方にも喧嘩を売ってこないでくれるかしら? せっかくのいい気分が台無しじゃん」
「そうだーそうだーアリアの邪魔なんて許さないニャ〜」
フェクトが魔力の高まりを感じさせる。一瞬にしてその場を凍らせるかのような空気を作り出した。
「ナズナ、これ以上言うなら今年の夏は冷気は一切ねぇぞ。それでもいいのか、愛しのアリアすらも暑い灼熱な夏を過ごすことになるんだぞ」
「そ、それは、いくらなんでも卑怯じゃん」
明らかに動揺してしまうナズナ。完全に主導権はナズナからフェクトの方に移ってしまっており、その上がっちりと握りしめられている。
そんな状況で、フェクトに何を言っても無駄だろう。
完全にナズナの立場では、フェクトに勝つことは不可能だからだ。
「フェクトってさ、こういう話になったら絶対的な強さを持っているよね。毎年のようにこんな会話しているはずなのに、飽きずに勝負を挑んでしまうのって、なんかさエモくない?」
「まぁそうかもしれないが、こういった勝負においてナズナが勝つことは不可能なんだから早めに謝れよ」
そんなことを言うフェクトの顔はとても柔らかい。
ナズナが何気なく言った『エモい』という言葉が、フェクトの心を少しばかり動かしたのだろう。
「まぁ、これ以上喧嘩にならなそうで良かったわ。私も二人の間に入って喧嘩を止めるのはめんどくさいからね」
「仲間同士の軽い言い争いを止めるのを、めんどくさいなんて言うなよな。ほんとうにアリアってそういうところあるよな」
「めんどくさいのは確かニャー。それで飛び火して新たな言い争いを生む可能性だってあるし」
そうして何気ない会話を楽しんでいると、気配感知に魔族の反応がした。そんな反応に私たちは思わずその方角に全員が向いた。
ナズナは気配感知は使えないが、野生の勘的な要素が働いて感じ取れたのだろう。私たちと同時に振り返っていた。
「魔族の気配? それにしては、結構弱々しい感じがするニャー」
「魔族が怪我している状態なんて、どんな時が考えられると思う? 魔物に襲われたってよりは同志撃ち、それよりの格上にいる魔神に襲われたって可能性もあるよな」
「あんまり考えられないけど、冒険者に襲われた可能性だってあるよね。でも、結構な大怪我を負っているような気配だけど、あの状況から逃げ切れるなんてだいぶ下手をこかないと無理だと思うけどね」
何はともあれ、この状況で私たちが放っておくなんてことはしない。ここまで弱っているものの、たとえ身が滅びたとしても、何かしら道連れにするまで暴れる可能性がある。
それに何より、互いに狩り合う関係である以上、こうなることも予想出来ていたことだろう。
「二人とも、弱っているからといって油断なんてしたらダメだよ。ここで隙を見せてまた逃げられたら、私たちは冒険者失格だから」
「わかってるニャー、それにわたしたちがそんなことをするなんてあり得ない。どんなに抵抗されようが、絶対に潰すまでだから」
ナズナの気合いの入った言葉が聞こえてきた。まるで失敗してしまうのではないかと思うほどに、力が籠り過ぎている。
そんなナズナを見て、フェクトが口を開いた。
「力が入り過ぎてるぞ、それが逆に空回ったりするんだから適度に気合いを入れとけ」
そうして気配の方へ近付いていく。魔族は寝そべっているのか、まるで動く気配はなかった。それに、私たちのことは把握しているのか、警戒心は凄まじいほど感じる。
「随分とボロボロね、何があったか知らないけど、ここで会ったことを後悔してもらうわよ」
地面に降り立ち、腰に下げてあった剣を抜きながらそんな言葉を言う。魔族は鬱陶しそうな顔をしているが、私たちという気配の前では、素直に立ち上がっている。
右腹部に大量に出血した後がある。今は傷が塞がっているが、簡単にまた開いてしまいそうだ。
「お前たちはここへ来るべきではなかった。後悔することになるぞ」
それだけ言い残し、躊躇いもなく魔族は自らの手で心臓を貫いた。そのあまりにも狂った光景を見て、私たちは何もすることが出来ず、呆然に立ち尽くしてしまう。
不穏なことを言っていたが、それがどういう意味なのかさっぱりわからない。
「フェクト、周りに気を付けながらアイツの記憶を読み取ってきて。目が生きていた以上、すぐに情報が手に入ると思うから」
そんな瞬間、魔族の全身を簡単に飲み込んでしまう存在が地中から姿を現すのであった。




