721話 何も出来ないメデューサ
春の暖かさから夏の暑さへ移り変わる頃、私たちは相も変わらずほうきに乗ってあてもない旅を続けていた。
ひんやりとした水を一口飲み、口の中を潤す。そんな冷たさが疲れた体にホッとひと息入れてくれるのが、ちょぅとした楽しみになっていた。
どこまでも続く平原を駆け抜けていくほうき。たまに吹く風が心地よくどこまでも進んでいけそうな気分だ。それでも一日の時間は決まっている。その中でどう動くか、どう楽しむか、私たち人間は決めなければならない。
「フェクト、そろそろ今日の野営場所を決めないとだけど候補地とかある?」
先ほどからマップを展開させ、うねり声をあげていたフェクトがようやく視線をマップから離した。だが、その顔はどことなく芳しくない様子であり、あまりいい結果は聞けなさそうだ。
「木々の一つも見当たらない。そんな状況でいい候補地とか言われても、どう提案をすればいいんだよ。ここらで降りてそのまま野営するかって言えばいいのか?」
マップを見続けていて、少しばかり情緒がおかしくなっている。かれこれフェクトは一時間近くはマップと睨めっこをしており、こうなってしまうのも無理はない。
私もマップを展開させるが、ほんとうに草原が広がっているだけで木々の印すら無い。これはあと数日は、全く変わり映えしないこの場所を進むことになるのが確定したようなものだった。
「そうだね、ちょっとでも早くこの場所を終わらせたいなら、もう少し先へ進んでおくっていうのもアリだと思うけど、フェクトはどうしたい?」
「でもそういうわけには行かないようだぜ、魔物の気配がする。それも大型の魔獣がここからちょっと行った場所で止まってる」
そう言われて私は即座に気配感知を発動させた。まだ離れてはいるが確かに魔物の気配がある。それにしてもここまで動いていないとなると、考えられるのは昼寝をしている状態。
ここで奇襲を掛ける方が手っ取り早く終わるが、ここまでオープンに動かないのも罠としても考えられる。
「あんまり深く考えるなよ、至極単純なことかもしれないのに余計なことを考えすぎて対応を間違えば、厄介なことにもなるんだからな!」
「そうだよね、私の悪い癖が出ててたね。それにしてもどんな魔物が鎮座しているんだろう? オーガとかの気配ではなさそうだし、他に大型っていたかな」
「サイクロプスの可能性が高いな。あいつもオーガと同じで図体は大きいから気配的にも一致するかも」
強くも弱くもない感じの魔物。私たち三人でそんな魔物を相手にしたら取り合いどころか、その前に魔物の方が消滅しかねない存在。
そんなことを思っていると、ナズナが口を開いた。
「サイクロプスじゃないニャー、あのジャラジャラとした髪の毛、メデューサだよ」
フェクトは、ハッとして気配のする方を見た。フェクトも正体に気が付いたのか、即座に結界魔法を発動させる。
「まさかこんなところでメデューサと出会うことになるなんて。気配的に一つだと思ってたけど、より深く感じようとすると、うじゃうじゃと気配がするのがわかる。めっちゃ気持ち悪いかも」
「そりゃそうだろう、わざわざ気配なんて確認するな。それにしても大胆すぎるだろ、メデューサ。普通、こんな風に寝ているやつなんて見たことがない。まるで、自分の気配を誤認させるためにいるみたいじゃねぇか」
おそらくフェクトの言った通りだろう。
突然変異か何かをしたことにより、通常のメデューサでは出来ないことが出来るようになっているのだろう。そこまで大きな気配は髪の毛以外にも、大きな図体も関係している。
まるでオーガやサイクロプスのような気配の大きさをしているのは、それが原因。だからこそ、誤認させて近付いたところを石にするための作戦。
自分のことをきちんと理解した戦略を立て、実際に何度も繰り返してやっているような立ち回り。だからこそ、あそこまで堂々とオープンに出来たのだろう。
「随分と考えられているわね、私も騙されるところだった。とりあえず私たち自身も物理的に目隠ししておいた方がいいね」
そんな時だった。私たちの気配に感付いたのか、気配が大きく動いた。それと同時に、髪の毛が一部伸びてこちらへ向かってくる。
「フェクト、足止めをお願い!」
「すでに展開ぐらいしてる! 魔翔弾・ビットウェーブ」
爆発が幾度となく起きるが、髪の毛自体はまだ生きている。私はボックスから適当に布を取り出し、二人にも渡した。
「これで絶対に見えないように保護をするのよ、気配感知はメデューサの気配で使い物にならないと思って行動して。己の感覚を頼りに動いて!」
そうしてほうきから飛び降り、私は一気に駆け出していく。腰に下げてあった剣を抜き、己の感覚だけを信じ、剣を振るう。
あの魔翔弾にはどんな声も上げなかったというのに、髪が物理的に斬られたことによって悲痛な叫び声をあげている。
それでも髪の毛は収まらず、ひたすらまでに、こちらへ飛んでくる。
だが、それによって本体部分はガラ空きとなり、二人の気配が一気に飛び込んでいくのを感じ取った。
「うぎゃぁぁっ!」
「見えてなくても、大きい図体のおかげでどこを打っても当たってありがたい限りだぜ! 魔武式・一徹突き!」
「フェクトの言う通りニャー、それにアリアばっかに注視しているからこんな羽目になるニャー。もっと全体を警戒しないと、一瞬で終わってしまうんだよ! 獣脚・ストロングショット!」
そうして私はトドメの一撃を放つべく、一気に地面を蹴り上げ私は刃をメデューサの体に突き立てるのであった。
「血管が沸騰するような痛みをご多能あれ、ソード・インパクト!」
放たれた一撃は、メデューサの体を崩壊させるには充分過ぎる威力であり、己の強さをまるで発揮出来ないまま消滅を果たす。
そんなメデューサに、私は憐れみの目でその散りと化した亡骸を目隠しを取って見つめるのであった。
「全体図は見られなかったね、まぁ見たところで石になってフェクトに迷惑をかけるからね」
そんなことを言うナズナはどこか寂しげな顔をしていた。




