720話 本気を見たいのなら
目の前にいる魔族は強いのは確かである。
だが、それでも私には遠く及ばない。それが絶対的な答えであり、変えられない事実である。
この魔族は私たちがいる場所でも強い存在だったのは間違いない。それがこの場所に来てより強く、ここで生き残るために適応し進化した存在である。
そんな存在を前にしても私の足は竦むどころか、気合い充分といった感じで堂々と立っている。
「いろんな奴を見てきたが、ここまで堂々と立っている奴はアイツ以外見たことがない。俺様に勝つという絶対的な指針が定まっている、そんなやつとまた巡り会えるとは思いもしなかったな」
それだけこの魔族にとってその剣聖は脳を焼かれるほどまでの存在だったと言えるのだろう。
何度も何度も刃を交え、命のやり取りをしてきた存在。そんな存在と最後まで決着が付かず、この魔族はここまで生きてきた。
だが、人は違うがこうして似たような存在に巡り会えた。だからこそ、この魔族はこんなにも気分が高揚している。長い間熱されず、ただ死ぬ時までの時間を浪費していた存在が今こうして目の前にいるというのは、何とも感慨深い光景だ。
「私の名前はアリア、剣聖の称号を持つただの冒険者さ」
「名をアリアと申すか、俺様はグレースだ。見ての通りただの魔族さ」
そんな自己紹介を交わす。それと同時に互いの剣をぶつけ合い、命の取り合いは瞬く間にまた再開した。互いの手がヒリヒリとしているのか、私たちの顔は少しばかり歪んでいる。
痛いとまでは行かずとも、手に違和感が残るような感触があった。それが何とも気持ち悪いが、戦っていると思うにはなぜだかしっくりきた。
「どうしたの、もっと攻めてきなさいよ! 私に遠慮なんてしてないわよね、私を殺したいのなら、もっと攻めてこいよ、挑戦者」
「チッ、何とも口の悪い小娘だ。でも、それがまたアリアという剣聖の強さを引き立てているな」
互いの一撃が弾け合う。両者、体勢が崩れる中、どちらも次の一手をさせないまま着地を決める。そのまま地面を蹴り出してまたぶつかり合うが、決定的な一撃は生まれない。
どちらも余韻を残し、まだ終わらせる気は毛頭ないと語り合っているようなぶつかり合いだった。
「どうしたの、そんなんにも私とずっと戦っていたいわけ? だから攻めてきている時も甘い攻撃が多々あるんだ〜」
「それはアリアも同じだろ! どれだけの力をセーブしているんだ、貴様は!!」
そんなことを言われても自然にこうなってしまっていたものだった。無意識のうちに抑え込んでいなければ、とっくに終わっているかもしれない。
そんな考えが鎖となって体を雁字搦めする。それを全て斬れるような存在なら、自力で斬ってみせるだろう。
「だったら私に本気を出せてみなよ、それすら出来ないのに吠えるわけ?」
上半身の筋肉により力が入る。布切れみたいな服は弾け飛び、痛々しい傷があらわになった。深く刻まれた傷たちに歴史を感じられるほどだ。
そんな傷を見て、私は思わず唾を飲む。力強く握られる剣、攻めの姿勢をとる魔族は、先ほどとはまるで比べものにならないほどに、殺気を纏っていた。
「それを最初からしてきなよ、まぁそれでも私の本気を見るには叶わないけど」
「そうかよ、でもまぁそんなことはどうでもいい。今はただアリアを殺せばそれでいい」
この魔族は命という炎を何の躊躇もなく燃やし尽くすだろう。それはまるで、私たちが何の躊躇もなく攻撃を繰り出すように。
そんな魔族の攻撃は私を唸らせるほどまでに増していた。受け止めるのが精一杯であり、その力を私に示していた。
「どうした? さっきまでこの程度、余裕の顔をして弾き飛ばし、カウンターまで打ち込んできてたのによ、余裕の表情を見せてみろや、アリア!!」
魔族は私の問いに対して、自分が出せる全力以上で答えてくれている。だが、それは長くは持たないことを互いに自覚しており、それでも魔族は攻撃を止める気配はなかった。
そんな答えを剣に乗せて、私にぶつけてきてくれている目の前にいる存在を私は蔑ろにしていいのだろうか。それは、私が言った言葉に嘘をつくことになるのではないか、そんな考えが頭の中をぐるぐると回っていく。
そのせいだろうか、足取りは重たくなり、より一層、私の体を鎖が強く縛ってくる。
「その思いに応えてこそ、剣聖として私はもっと強くなれると思う。だから、私の本気を受け止められる程度には気張りなさいよ」
先ほどまで何が何でも崩してやるという思いがビンビンに伝わってきていたはずなのに、今は後ろに高く飛び退き、全力で防御の姿勢を取っている。
魔族の中で今までの攻撃を止めるほどの危機管理能力が働いたのだろうか。先ほどまでとは違い、本気で警戒をしている。
「そんなに私の本気が怖いんだ、まぁそりゃ当然だよね、今の私からしたらお前なんて空気みたいなものだからね」
魔族は本気で怯えていた。過呼吸になっており、剣を持つ手はだんだんと震え始めている。それでも、まだ防御姿勢を維持しているのは、魔族なりのプライドなのだろう。
「お前のプライドは気に入ったよ、私がここまで本気を出しているのに逃げようとしないんだから。だから耐えてね」
私は深呼吸をした。
「剣聖たる所以の一撃。汝に示すは至高の一撃であり、汝が幾度の生涯を費やそうとも届かない領域。剣聖剣技・基本の太刀!」
魔族は真っ二つに斬れた。そうしてそのまま消滅していき、魔族の最期はあっけないものである。だが、それでもどこか、魔族の顔は満足したような顔だったのを思い出し、私はこれもまた一つの形なのだと納得するのであった。
その後、私は狐園に戻り宴会が始まる。そこではたくさんの催し物があったり、豪勢な食事が並び狐の獣人族たちにも笑顔が戻った。
「ほんとうにありがとうございました。狐園特製の油揚げを使った狐寿司です、今度は剣聖様の役にお立ちになりますので、いつでも我々のことを思ってください」
そんな話をして、次の日私たちは出会った場所に戻ってくるのであった。




