717話 狐園の獣人たち
「どうしたのそんなに怖い顔をして? そんなにもフェクトがおかしなことを言ったかしら」
アゲはどう答えたら良いのかわからない顔をしていた。どう答えたとしても、正解はない問いだった。
その上、アゲは私に対して相当な恐怖心を抱いているのが見ていてわかる。答えられたとしても、まともに言葉を発するだけでも相当な気力を使うような気がした。
「そうだな、剣聖様の強さを感じさせられるような言葉で少しばかり驚いただけです。そこまでの覚悟があるからこそ、あなたは強いのでしょうね」
だいぶ言葉を選んでいるような発言である。目の前にいる、決して怒らしてはならない存在を前にそれ相応の大人として対応を見せる。
そうしてアゲは、この話から逃げるかのように歩き出す。そそくさと歩くその後ろ姿は、まるで恐怖から逃げていく小動物のようにも見えるものだった。
「こちらを通れば狐園に入れます」
変わった形の赤い門は、時空が歪んでいるように見える。それはおそらく魔法陣の類であることは容易に想像が出来た。これほどまでにこの場所は、厳重に守られた場所なのだろう。
狐の獣人族が自ら隔離を選んで生活しているのは、ナズナたちの獣人族とは違うということをより強調しているようにも見えた。
「あ、もう着くニャー? この狐園について思い出したことがあるんだけどさ、昔獅子王も何度か訪れたことがあるよね」
ナズナの口から「獅子王」という言葉を聞いたのは随分と久しぶりのような気がした。それに、最後にあったのはいつの頃だったか、すぐには思い出せないほどには遠い昔のことだと思う。
アゲの方を見ると「獅子王」という言葉を聞いて、軽く頷いていた。アゲもまた記憶を辿っているのか、しばしの沈黙があった。
「少し前に来ていました。ナズナさんのことも言っていましたし、あのお方は随分と楽しくお話をされる方で狐園で暮らす私たちにとっても、すごく楽しみなことなのです」
「やっぱりそうだよね、獅子王はいつも狐園に行く時は何かしらの土産話を聞かせようと色々と情報を仕入れていたし、それに君たちのこともとてつもないほどに大切な存在だと言ってたニャー」
「その言葉が聞けて嬉しい限りです。あのお方は戦闘面においても鍛えてくださいましたし、とてつもなく楽しそうにしていましたね」
そんな昔話に花を咲かせていると、門から気配が急激に現れる。思わず私は腰に下げてあった剣に触れるが、現れたのは狐の獣人である。
私たちをさっと確認を済ませため息混じりの声でアゲに話しかけ始めた。
「はぁ……いつまでそんなところに突っ立ておられるのですか、皆が待っておられますよ、ほんとうにあなたは油を売るのが大変ご上手ですな」
「すまない、つい昔話に花を咲かせすぎた。それに魔族にも襲われてこちらの方が対処をされていたし、色々と他にもあって時間が掛かってしまったな」
「剣聖様に戦わせる前に、アゲ様が戦われたら良かったのでは? あの魔族でもアゲ様なら簡単に倒せたでしょうに」
そんなことを言っているが、実際はおそらくそんなことをあまり思っていない。そんな気がしてならず、私は彼の言葉をあまり聴こうとはしなかった。
それはどうやらアゲ自身もわかっているのか、そんな言い方をされても、のらりくらりと言葉を巧みに使ってダメージを最小限にしているあたり、頭の回転力は良い。
そうしてようやく会話が終わったのか、アゲは最初に門の中へ入っていく。それに続けて私たちも中に入ると、私たちのことを待っているようだった。
歓迎をしてくれているのか、摩訶不思議な踊りを披露する狐の獣人たち。彼らの踊りは全員が寸分違わず動いており、とてつもなく完成度が高い。
そんな踊りなんてお構いなしに、どんどんとテーブルには料理が乗っていく。どれも出来立てな料理であり、空腹を知らせる音が鳴る。
「改めましてようこそ、ここが狐園です。この場所は私の家であり、宴会会場でもあります」
「随分と派手な装飾だな、しかもどれもが繊細で、随分と凝ってるな」
「装飾もそうだけど、料理も踊っている人たちが着ている服だって相当凝ってるニャー」
随分と潤っている感じである。ここまでに掛かった金額は相当な額になると推測出来るほどだ。それにしても、こんなにも家が広いとなると、一人で住むには相当持て余すものだろう。
だからこそ、何かしらあれば民たちを集めて皆で楽しもうとするのは、道理でアゲらしいと思った。
「それでこんな豪勢にもてなしてくれるのはありがたいけど、これって仕事の話は出来るわけ?」
「もちろん問題ない、なんせここにいる人たちもまた、歴としたこの国を守る仲間ですから」
アゲが力強く答えた。それだけ、彼らのことを信じていると伝わってくる。それに踊り手の中には女性も多くいるが、どこを見ても強そうだという意見が喉まで出掛かっている。
それほどまでに圧を感じる。それが剣聖アリア、魔神王フェクト、獣人族ナズナという存在を見てもなお、ここまで仕上がった強さをしているのは、なかなか見たことがない。
「それでは早速にはなりますが話し合いでも始めましょうか、それに彼らもまた剣聖様が同志を殺したことが伝わっている頃でしょうから」
「やっぱり情報は送られていたのね、他の魔族がいたのか、死ぬ間際にテレパシーでもしたのかわからないけど、報復行動を取るでしょうね」
「そこをどう守るか、どう反撃するかって話か? それなら俺とアリアで攻めるからナズナとアゲを筆頭として、守りはそっちに任せるとかどうだ」
「ねぇー待ってニャー! どうしてわたしが防衛戦ニャー、わたしはアリアと一緒に攻めたいし、そっちの方が絶対良い!」
「何言ってんだ、俺とアリアで動いた方が良いに決まってるだろ、何せ魔法が使える状況は確実にあった方が良いと思うが」
「それでもわたしも攻める! 今まで防衛出来ていたんだから、これからだってアゲたちだけで守れるニャー」
ナズナは強く言っているが、おそらくそう簡単に終わる案件ではないのは、アゲたちの顔を見ればわかるようなものだった。




