714話 狐
暖かな日差しは天然のお布団とも呼べるものだ。広大な草原のど真ん中で、私たちは気持ちよくお昼寝をしていた。
日々の疲れを癒す、そんな至極単純な理由であるが、そんなことはどうでもいい。こんなにも自然に囲まれた場所で、都会のしがらみから解放されているのだから当たり前だ。
日々、剣聖という立場の中で戦うことが多かった今日この頃。こんなにもゆっくりと休めているのはどれぐらいぶりだろう? そんなことを思うほどには、この空間に頭も体もとろけていた。
「ほんと気持ちいいな、心地よい風がちょうど良すぎて動きたくねぇー」
フェクトがそんな言葉を言った。そんなことを思うまでに、フェクトもまた相当な疲労が溜まっているのだとわかるような発言である。
「フェクトは結構な魔法をこの前、発動させてたもんね。そりゃ疲れるよね、私も動きたくない」
「一番頑張ったのはわたしニャー、だってわたしはあの空間で自ら飛び込んでたし」
そんな会話をするがみんなわかっていた。こんなことなんて本来どうでもいい。ただ、静かな空間がずっと続くよりは、こうして会話しておく方がいいのだろう。
それにこの空間は、静かになればなるほど深い眠りについてしまうほど、本当に心地よい場所である。
「ここは魅惑的な場所だね、この暖かさにほんとうに感謝だね。でもさ、二人ともわかってる?」
二人の気配が一気に跳ね上がるのを感じる。先ほどまでの緩やかな空気がまるで嘘かのように緊張しているかのような気がする。
それほどまでに、私の言葉に何かしら思っていることがあるのだろう。
「私たちさ、ここに何時間も滞在しているけど、そろそろ進まないとやばいのわかっているかしら?」
「寝ながら言われても説得力なんてねぇよ、それに俺はまだ動かないからな!」
「そうだ、そうだ!! フェクトの言う通りニャー、わたしだってまだ動きたくないんだからね」
二人とも完全に根が張っていると自白しているかのような発言。そんな発言を聞きながら私は、ぶちぶち根っこを切っていくかのように立ち上がることに成功。
「この状態なら説得力あるわよね? 二人とも、ここに何時間も滞在しているけど、そろそろ進まないとやばいのわかっているかしら?」
完全に先ほどの言い分を潰した上で、そんな私はもう一度同じことを言った。二人の顔は先ほどの発言をした自分とは思えないような顔つきになり、冷や汗が噴き出ていた。
「いや、えっとさ、ほらーまだいいかなって俺は思うんだけどさ、だってこんなにも暖かいんだぜ、ゆっくりしても問題ねぇだろ」
「そ、そう、フェクトの言う通りだニャー、私たちの旅はあてもない旅なんだからさ、急にそんな動かなくていいでしょ」
二人の慌てっぷりを見ていると、なんだか笑ってしまいそうになる。急に立場が同等から跳ね上がった位置に変わると、ここまで露骨に変化するのかと私は思わず感心する。
「私が手を差し出している間にきちんと立った方が身のためだよ、ここで不審な行動をすれば今日はこの後、ずっと走ってもらうから」
そうして手を差し出した瞬間、二人してまるで我先にと言わんばかりにがっちりと私の手を掴み、勢いよく立ち上がる。
「アリア、そんな脅し文句はダメだろ、さすがに心臓に悪い」
「ほんとうにそうだよ」
そんなことがあって、私たちはようやく出発をするのであった。
「やっぱり空は空でいいね、心地よい風が吹いてるニャー」
「そんなに身を乗り出さないでね、落ちたら危ないんだから」
気配感知を発動させる。なぜか直感的にしなければと思ったのだ。それはどうやらフェクトの方も同じであり、どこか神妙な面持ちである。
それでも気配感知には何も反応がなく、それでもどこか不気味な気配だけは感覚的に感じていた。
まるでどこからか見られているかのような気分である。だが、周りを見渡してもただ景色が広がっているにすぎなかった。
「二人もやっぱり、気配を感じているの? わたし、なんとなくだけど位置がわかるよ。獣人族にこういった場面は任せてほしいニャー」
自信満々な笑顔でそう宣言し終えると、すぐさま、まるで別人かのように後ろに振り返る。
「ずっとついてきているのわかっているニャー、いつまでも隠れてないで堂々と姿を見せるニャー、何者かは知らないけど、そんな風に動かれると迷惑だよ」
一瞬、空間が歪んだように見えた。先ほどまで何もいなかったはずの場所に現れたのは、黄色の大きな尻尾、頭にはおそらくトレードマークであろう耳が生えた狐の獣人だった。
その気配は、凄まじいほどに洗練されたものであり、目の前にいる存在は高貴なお方であることは確実である。
「さすがは獣人族ですね、それに剣聖の称号を持つ美女、それに魔神族ですね。あなた方三人を全く気が付かれずに尾行するのは最初から無理でしたね」
「へぇー君から見たらもう私は少女ではなく美女なんだね」
「当たり前だろ、剣聖様はもうそんな年齢ではないでしょうに、それに何より十二歳の時点で身長は百七十六程度ありましたし、私からすれば最初から美女でしたけどね」
だが、それでも世間では年が若ければ少女と呼ぶ。それに何より、十二歳で百七十六は少し大きいぐらいであるだけで、平均的なものである。
大人としての定義は、魔物を退治出来る年齢であるがそれでも少女と呼ぶのは十中八九、あの時私の二つ名を名付けたあのアナウンサーが全ての始まりと呼べるだろう。
だからこそ、私は長い時間が経とうがその二つ名は一生私の側からは決して離れないだろう。それだけ剣聖少女という言葉には、みんなもまた愛着があるという表れである。
「それにしても随分と唐突な登場をしたわね、何か理由があるんでしょうが、私は聞く前からあまりあなたの仕事を受けるつもりはないわよ」
「そんなことはどうでもいい。私たちがこうして会った時点で、もう君たちがかかわることは決定付けられた未来みたいなものなんだ」
「まぁ、でしょうね。私たちをこうして囲んでいる時点で逃す気なんてないのはわかっていたことだけど」
「剣聖様は私の力を知りたいでしょうから、軽く手合わせでしますか? 狐火を味わっていってくださいませ」




