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人生には思いもつかないことが起こる 中編

 コルシニの街にたどり着いて、ギルドでカードを再発行してもらうと、やっと少し落ち着いた。

 これでギルドに預けていたお金を下ろせる。

 安心すると、パーティメンバーのことが気になった。

 そしてギルドの職員にメンバーの安否を尋ねた俺は、激昂した。

 なんだよ、それ! ふざけんな!

 もう俺たちはパーティメンバーですらなかった。パーティは解散され、双剣士と弓使いはもう迷宮に潜っていると、職員が教えてくれた。

 つまり俺はいいカモにされたってことか。

 最初からそのつもりだったのかはわからないけど、あいつらは俺を見捨てて、荷物を盗んでいったんだ。

 共に戦った冒険者がそんなことをするなんて思いたくなかったけど、俺の人を見る目がなかったと言われてしまえばそれまでだ。

 冒険者家業はそれほど甘いもんじゃない。

 わかっていたつもりだったけど、それはあくまでつもりでしかなかったことに気づかされる。

 それまでの俺だったら、わめいて、不満を周囲にぶつけたあとは、また仕方なく金を稼ぐために冒険を続けていただろう。

 細工師になるまでの我慢だ。仕方ない。

 だけどルチアたちみたいな冒険者もいることを、俺は知った。

 行き倒れになりそうな男に食事を与え、寝床を貸してくれる。それなのに礼を請求するわけでもなく、余裕があっただけだと言う。

 こいつらとなら、一緒に戦ってみたい。

 コルシニに戻る間、ずっと胸の底にくすぶっていたもやもやとした願いが、形を取って口から飛び出した。


「俺をお前たちのパーティに入れてくれないか?」


 すぐに受け入れてもらえるとは思っていなかった。予想していた通り、お試し加入ってことになった。

 ヴィートとクラウディオはともかく、ルチアは冒険者としての知識なんて全然なかった。

 魔法使いのくせに、まともな防具を装備してない。

 竜人と言うのはそれほど世間知らずなものなのか?

 俺のキャラじゃないってのに、ルチアに防具を見立てるという世話を焼いてしまった。

 ルチアの年齢を聞いて、またびっくりする。

 てっきり十歳くらいだと思っていたのに、なんと十五歳だと。

 俺より二つ年下なだけの、成人前のガキじゃねえか。

 ん、二歳差ならありか?

 ふと恋愛対象としてあり得るかもしれないと考えて、直後に全否定する。

 ないないない!

 いくら可愛くて、将来美人間違いなしとはいえ、まだ成人前のガキに手を出すほど俺は落ちぶれちゃいない。

 俺はかすかに胸の底に芽生えた気持ちに気づかないふりをした。

 互いの実力を確かめる前に迷宮の大発生が起こって、緊急クエストで初めて四人で戦うことになった。

 お試し加入だとか悠長なことを言ってる場合じゃない。

 迷宮に潜って戦ってみると、思っていた以上にこのメンバーで戦うのは楽だった。

 ヴィートがきちんと敵視(ヘイト)を集めてくれるので、ひやひやすることなく回復と補助に集中できる。

 クラウディオは高い攻撃力で、危なげなく敵にとどめを刺す。

 ふたりともかなり手慣れているのがわかった。

 そして、ルチアの魔法は……とにかくすげえ。

 これまで俺が魔法使いだって名乗っていたのが恥ずかしくなるくらい、ルチアの魔法は威力がすごくて、綺麗だ。

 魔法を使えない奴は、ただ精霊に魔力を渡してお願いすれば発動できるんだろって、よく言うけど、そんなもんじゃない。

 魔法を発動させるには使い手の想像力とセンスが必要だし、精霊にどれほど愛されているかでかなり威力が違ってくる。

 あれほどの魔法を使えるルチアは、さぞや精霊に愛されているんだろう。

 精霊の気配をなんとなく感じられるだけの俺にはできない芸当だ。

 自己嫌悪で地の底まで埋まってしまいたくなるけど、これが今の俺の実力だから仕方がない。

 せめてみんなの足を引っ張らないように、回復だけでもしっかりとしなきゃと思って、俺はいつもよりかなり頑張った。

 一緒に戦えてよかったって、こいつらに思ってもらいたい。

 そんなふうに思いながら、人生で一番っていうくらい頑張った。

 途中で未知の転送陣(テレポーター)で迷宮の最下層と思わしき場所へたどりついた時には、絶望した。

 上層でほかのパーティのサポートをするだけだったはずなのに、どうしてこんなことになっているんだよ! ……これ、詰んだな。

 人生には思いもつかないことが起こるって言うけど、本当だった。

 迷宮の主なんて、今の俺のギルドランクじゃ敵いっこない。

 それなのに、ルチアはやる気に満ちている。


「主を倒して、みんなで地上にもどろうよ」


 そんなふうに簡単に言うけど、どれほど難しいことなのか、本当にわかっているのかよ?

 パーティメンバー全員が最低でも星三つくらいはないと、倒せない相手だぞ。

 だけど、能天気なルチアの様子を見ていると、なんだかやれそうな気もしてきた。どのみち迷宮の主を倒さなければ、地上には戻れない。

 こんな迷宮の奥で、餓死するくらいなら精一杯抗ってやるさ。

 そう思ったら、腹が据わった。

 だけど、ドラゴンの亜種である地長竜(ファフニール)を目の前にしたら、やっぱり怖くて震えた。

 みんなには内緒だぞ。

 いざ戦い始めたら怖がっている暇なんてない。

 とにかく夢中で回復魔法を使い、慣れない攻撃魔法まで使った。

 ルチアもバンバン中級魔法を使って攻撃してくれたおかげで、少しずつだけど確実に地長竜(ファフニール)の体力を削っていった。

 これなら勝てるかもしれない!

 そんな希望が見えてきた。

 みんなは防御を捨てて、怒涛の攻撃を繰り返す。しかもルチアはなんと、上級魔法を使いやがった!

 あれには本当に開いた口がふさがらなかった。

 氷の檻に閉じ込めるアイスプリズンの魔法が発動して、地長竜(ファフニール)が動かなくなる。

 じわじわと迷宮の主を倒したんだという実感が湧き上がった。

 もう、俺の魔力はすっからかんで、ここまで使ったのは本当に久しぶりだった。子供の頃以来じゃないだろうか? 頭は痛いし、くらくらする。


「ルチア、大丈夫か?」


 俺はルチアに手を差し出した。

 あれほどの魔法を使ったんだ。俺より魔力切れの症状はつらいだろう。

 うなずいて笑ったルチアの顔は苦痛に歪んでいた。

 そのあと起こったことは、今でもちょっと信じられずにいる。

 倒したはずの地長竜(ファフニール)が口を開け、ドラゴンブレスを放とうとしているのだと気づいたとき、俺の頭の中にはこれまでの人生の記憶が回り灯籠のように流れていった。

 これ、死ぬな。

 俺は思わず目をつぶった。

 めりめりと何かが裂ける音がした。

 痛いのは嫌だ。死ぬなら一気に殺してくれよ。

 そんなことを考えながら、ぎゅっと身体を縮こまらせていた。

 だけど予期した痛みはいつまで経っても訪れない。

 恐る恐る開いた目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。

 純白に輝く鱗に包まれたドラゴンの優雅な姿。

 白いドラゴンは頭を一瞬沈み込ませ、その口からドラゴンブレスが放たれた。

 ブレスは地長竜(ファフニール)を焼き尽くし、灰塵(かいじん)へと変えていく。

 なんだ? 何が起きたんだ?

 俺たちが助かったのはわかった。

 だけど、意識が現実に追いつかない。

 どうしてこんな場所にドラゴンが? どう見ても本物のドラゴンだ。

 地長竜(ファフニール)のような亜種のドラゴンならともかく、風火地水の四種族のドラゴンは人里離れた場所にしかいないはずなのに!

 ふと、みんなが無事なのか気になって周囲を見回す。

 ヴィートとクラウディオは茫然とした様子で、ドラゴンを見つめている。

 ルチアがいない!

 いや、待て。あのドラゴンの鱗。どこかで見た気がする。

 ルチアのローブの裾からいつものぞいている竜人のしっぽにそっくりじゃないか?

 まさか!

 だけど、そうだとしたらすべてのことに説明がつく。


「おしまいだね」


 ドラゴンの口から漏れた声は、いつものルチアの声だった。

 やっぱりそうなんだ。

 信じがたいことだが、ドラゴンはルチアだった。

 どうしてドラゴンであることを隠していたのか、なんて、聞かなくてもすぐにわかることだ。

 人と同じか、それ以上の知能を持ち、高い魔力を持つドラゴンと人は、かつて対等な関係だったと聞く。

 ドラゴンは時には人に姿を変え、人を伴侶とすることもあったらしい。それがのちの竜人という種族へとつながった。

 だけど、ドラゴンの身体がほかのどんな魔物よりも良い魔道具の素材となることに人が気づいてしまったとき、友好的だった関係は終わりを告げた。

 一対一ならば負けることを知らないドラゴンでも、多くの人間に束でかかってこられては膝を屈するしかない。

 人がドラゴンを最高級の素材とみなし、ドラゴンハンターという職業を持つ者が現れるまで時間はかからなかった。

 ドラゴンは人と争うことをむなしく思い、人の多く住む街から離れて暮らすようになったという。

 森人や竜人のようにドラゴンと交流を持つ種族もいるが、そもそも森人や竜人の街は人に対して閉鎖的だ。

 だから、本当ならドラゴンがこんな人の住む街の近くにいるはずがないんだ。


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