人生には思いもつかないことが起こる 後編
ルチアは気づいたらドラゴンの姿に戻っていたと言う。
いつもと変わらない間抜けなルチアの口調に、ドキドキしっぱなしだった心臓の鼓動もだんだんと落ち着いてきた。
どこか夢の中にいるような、現実離れした気分だ。
どうやら俺はまたルチアに命を救われたらしい。
俺、一生ルチアには頭が上がらないぞ?
白く優美でありながら、力強いドラゴンの姿を見ていると、恐れおおいとさえ感じる。
あれはルチアだぞ。そんなすごい生き物じゃない。
そう自分に言い聞かせてみても、心はなかなか納得しない。
ああ、もう! さっさといつもの姿に戻れよ!
そう思っていると、ルチアが竜人の姿へと変化し始める。
あれほど力強かった四肢が、折れそうなほど細く変わっていく。唯一ドラゴンの名残をとどめているのが、お尻のあたりから垂れている尻尾と、尖った耳だった。
思わずお尻の辺りを見つめてしまう。
あ、裸じゃねえか!
ガキだとはいえ、さすがに女性の身体を見つめるのは失礼だと気づいた俺は、慌ててルチアに背を向ける。
それはクラウディオも同様だったらしく、似たようなタイミングでうしろを向いていた。ところがヴィートときたらルチアの裸を熱心に見つめているもんだから、クラウディオに無理やりうしろを向かされていた。
驚いたルチアが叫んでいる。
やっと自分が裸だってことに気付いたのか? 遅すぎる。
ふと隣を見上げると、ふたりともちょっと耳が赤い。
うん、やっぱり自覚がないルチアが悪い!
ごそごそと荷物を探る音、それから服を着替える音が聞こえてきて、なんだか生々しい。
くそ、ルチアのくせに生意気な!
俺は心の中でルチアを罵っていた。
ヴィートにつつかれて、彼のほうに目を向けると、小声で話しかけてくる。
「ルチアの正体については黙っていろ」
「当たり前だろ? 第一話したって信じてもらえなさそうだしな……。俺だっていまだに信じられねぇ」
クラウディオも黙ってうなずく。
それに、命を助けてもらったのに、その恩人を売り飛ばすような真似をするはずがない。
俺たちは顔を見合わせてうなずいた。
「表向きにはルチアの上級魔法で倒したことにしよう」
「ああ、それが、いい」
ヴィートの提案にクラウディオが同意する。
「だけど、俺たちが迷宮の主を倒したってことがばれると、いろいろと騒がしくなりそうだな」
星二つのギルドランクのメンバーが、迷宮の主を倒したなんて言って、信じてもらえるんだろうか? しかもこれまで未発見の転送陣でたどり着いた迷宮の奥だ。
「それについては多少の当てがある」
ヴィートがそう言うのならば、なんとかなるのかもしれない。
俺たちが今後どうすべきか悩んでいるうちに、着替え終わったルチアは、やっぱりいつものルチアだった。
こいつがドラゴンだなんて、性質の悪い冗談にしか聞こえない。
結果的には、迷宮の主を倒して、わずかとはいえ地長竜の素材と、とびきり大きな魔石を手に入れることができたのは、成果としては大成功なんだろう。
完全に魔力切れのルチアを背負って歩くヴィートのオッサンの顔は、だらしなく緩んでいる。
そういえばヴィートはドラゴン好きだったっけ。
流石に子供には手を出さない、……はずだ。
やべえ、不安になってきた。
俺は耳を赤くしていたヴィートの様子を思い出す。
クラウディオはいつもむっつりだが、ルチアの裸に耳を赤くしていた。
ああいう奴ほどすけべな奴が多い。
うん、ルチアのことは俺が守ってやんなきゃな!
俺は心の中で決意した。
迷宮を無事脱出した俺たちは、ギルドに状況を報告したが、予想通りなかなか納得してもらえかった。
俺だっていまだに自分たちが迷宮の主を倒したなんて、実感が湧いていないんだから、当然だ。
ギルドマスターに詰め寄られて大変だったが、なんとかそれもだましだましで乗り越えた。
宿に戻って、ベッドに飛び込んだ途端、ルチアは爆睡していた。着替えもせずにすうすうと寝息を立てている。
まあ、あれだけ色々あったからな……。
「俺たちも、寝るか」
クラウディオの言葉に全面的に賛成する。
俺はルチアを放置してローブを脱ぎ、室内着に着替える。恐らくヴィートとクラウディオも同様に着替えているんだろう。
野郎の着替えなんて、どうでもいいが。
ベッドに横になってはみたが、神経が高ぶっているのかなかなか寝付けない。
「なあ、起きてるか?」
「いや……」
「起きている」
やっぱりクラウディオもヴィートも眠っていなかった。ベッドに横たわったままで、声が返ってくる。
「なんでルチアが冒険者なんてやってるか、知ってるか?」
俺より付き合いの長いクラウディオとヴィートなら知っているかもしれない。俺は迷宮からの帰り道、ずっと疑問に思っていたことを口に上らせた。
ドラゴンが人間に紛れて冒険者をしているなんて、常識的に考えたらあり得ない。
「私はヴェルディの街に珍しい竜人の冒険者がいると聞いて、王都から出向き、ルチアとクラウディオのパーティに入れてもらったのだ。彼女についてはクラウディオの方が詳しいだろう」
「ルチアと、出会ったのは、ヴェルディの、街の、北だ。魔物に、襲われているところに、居合わせて、思わず、助けてしまった。マリーニ山脈にある、モリーニの町の、近くから、来たと、言っていた」
「んん? モリーニの町と言うのは森人の住む町だな。あの辺りにドラゴンが住んでいるという話は聞いたことがないが……」
ヴィートは口をはさんだかと思えば、なにごとか考え込んでいる。
「ルチアは、最初から、冒険者に、なりたいと、言っていた。杖もなしで、魔法を、使っている姿が、危なっかしくて、いつの間にか、面倒を見ていた」
「ええぇ!? 杖なしで魔法ってまじかよ?」
俺は思わず大きな声を上げてしまった。
「おい、静かにしろ」
「すまん」
ルチアを起こしてしまったのではないかと、隣のベッドをうかがうが、どうやら大丈夫だったようだ。スププププという間抜けな寝息しか聞こえなかった。
「互いのことは詮索しないのが冒険者の常識とはいえ、よくそれで師匠を務めようと思ったな?」
あきれたようなヴィートの問いかけをクラウディオは鼻で笑った。
「素直で、頑張り屋だ。あいつの、戦い方を、見ていれば、すぐに、わかる。思わず、手助け、したくなる、気持ちは、お前だって、わかるだろう」
「まあ……、そうだな」
「じゃあ、結局どうしてルチアが冒険者になったのかは、ふたりともわからないってことか?」
「まあ、そういうことになるかな?」
「……そうだ」
俺は思わずため息をこぼした。
おっさんどもは役に立たない。
「ルチアがドラゴンであろうとなかろうと、私たちの仲間であることに変わりはない。ただ偉大なる存在と共に冒険できる喜びを甘受すればよいのではないか?」
「ドラゴン好きならそれでいいかもしれないけどさ、なんとなく納得いかないんだよ。これでいいのかって」
冒険者としてはあんまりにも世間知らずで、目が離せない。俺が守ってやらなきゃっていう気持ちになるんだけど、本当はドラゴンという俺なんかじゃ及びもつかない偉大な存在だと思えば、気後れしてしまう。
「恐らく、ルチアは、よほどのことが、なければ、ドラゴンに、なることは、ないだろう」
「それって、ドラゴンハンターに狙われるからか?」
「それも理由の一つだろうが、あの子は人として生きたいのではないかという気がする」
「人として?」
「以前、私たちがパーティで岩鳥の変異種と戦ったときも、かなり危険な状態ではあったが、すぐさま命にかかわるほどの危機ではなかった。そのときは毒を受けて倒れながらも、ドラゴンの姿にはならなかった。だが、今回はみんなの命が危なかった。だから仕方なく本来の姿に戻ったのだろう」
「ルチアにとっては、不本意な、ことだろうが、おかげで、俺たちの、命は、助かった」
「ってことは、もうドラゴンの姿は見れないんだな……」
あの美しい姿をもう見られないのかと思うと、ちょっとがっかりだ。
「お、お前も同好の士か?」
ヴィートの声が完全に上ずっている。
俺はヴィートに小声で怒鳴って、背を向けた。
「ドラゴン好きと一緒にするんじゃねぇ!」
「ふふふ、残念だ」
そう漏したヴィートだが、全然残念そうにきこえねぇ。クラウディオは会話に加わることを断念したようだ。
とにかく、ルチアは偉大なるドラゴンかもしれないが、冒険者としては、まだまだ一人前には程遠い。俺だって冒険者としては中途半端かもしれないけど、魔法使いの先輩としてあいつに教えてやれることがあるはずだ。
話をしていたおかげで昂っていた気持ちも落ち着いてきて、眠気を感じた。
「もう、寝るぞ」
「ああ」
「おやすみ」
人生には思いもつかないことが起こるって言うけど、本当だったな。
俺は心の中で呟いて、目をつぶった。




