覚悟
私は魔力残量を気にせず、とにかく魔法を発動させることに集中した。
やっぱり、強い。
それが私の正直な感想だった。
幼い頃、大樹のそばで魔力を増やすために戦っていた敵とは、比べ物にならないほど強い。
これが、多くの冒険者が傷つき、虚と成り果てる迷宮という場所なのだという実感がひしひしとこみ上げる。
それでも、頼もしい仲間がいればなんとかなるはずだ。
目の前の迷宮の主を倒さなければ、地上へ戻れないのだから。
青藍、アイシクルレインっ!
私の放ったつららが地長竜の尾の付け根辺りを貫く。
つららは地長竜を地面に縫いとめ、その俊敏な動きを封じている。
ヴィートはその隙を逃さず、防御から攻撃へと主軸を移した。
「おおおりゃぁあああ!」
気迫のこもった掛け声とともに、ヴィートは鋭い攻撃を繰り出す。彼の剣先が浅く前足をえぐった。
「おおおお」
クラウディオもまた低いうなり声を上げつつ、戦斧をぶん回してヴィートのつけた傷に追い撃ちをかける。
「いけぇっ!」
ルフィはウィンドカッターを繰り出し、クラウディオの狙った場所をさらに傷つけた。
ルフィの放った魔法によって地長竜の右前足が切断される。
「グアァルルルルッ!」
地長竜の怒りに満ちた声が空間に響き渡った。
前足を失った地長竜はバランスを崩し、地に伏せる。
青藍、アイスプリズン!
私は止めとばかりに上級魔法を繰り出した。
ミシリとワンドがきしんだ。
このワンドを通じて発動させるには強すぎる魔法だったのだろう。けれど、波に乗っている今、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
自分の中からごっそりと魔力が抜けていくのがわかった。
魔力の対価として地長竜の周囲には、氷の柱が次々と出現する。
一見するとアイシクルレインのようだが、生まれたつららの数はその比ではない。無数のつららが一気に地長竜を目掛けて突き刺さる。
「ギャアアアオオオオゥ……」
最期の咆哮を残し、地長竜の真っ赤に染まった瞳から徐々に光が失われていく。
「やった……か?」
肩で息をしているクラウディオが、じっと地長竜の姿を見つめる。
クラウディオと同じくらい息の荒いヴィートは、剣を杖代わりにしなければ立っていられないほど疲弊していた。
回復役のルフィは魔力を使い果たしたのだろう。苦しそうに地面に片膝をついている。
そういう私も、残る魔力はほとんどない。さっきの水属性の上級魔法にほとんどの魔力を持っていかれてしまった。
久しぶりに感じる気分の悪さは魔力切れ寸前だ。
私たちが地長竜の身体は何度か痙攣したかと思うと、動かなくなる。
「やった!」
「よしっ!」
迷宮の主を倒したんだ!
「これで地上に帰れるんだ……ね」
私はほっとするあまり地面にへなへなと座り込んだ。
唯一まともに立っていたクラウディオがゆっくりと死骸に近づく。
あれほどの強敵だったのだ。その身体に残された魔石はさぞ大きく、品質もいいものに違いない。
未知の転送陣によって転送されてしまったのは、不運としか言いようがないけれど、結果だけをみるのならば幸運としか言うしかない。
剣を杖代わりにしていたヴィートは、息が整ってくると、剣を鞘にしまい、うれしそうに地長竜の死骸に近寄る。
ああ、素材にしたいのね。わかります。
ドラゴン好きのヴィートならば、地長竜から採れる素材は採れるだけほしいものだろうから。
「ルチア、大丈夫か?」
顔を上げると、ロッドを杖代わりにして立ち上がってルフィが私に手を差し伸べていた。
「うん。魔力切れだけど……とりあえず生きてる」
「俺も正直なところ、かなりつらい」
「だよねぇ」
私はルフィと顔を見合わせて苦笑した。
このつらさは魔法使いにしかわからないだろう。
あまりにも力を入れて握り締めていたせいで、ワンドがなかなか手から離れない。ゆっくりと手を開き、手から離れたワンドには大きなひびが入っていた。
これではもう、杖としては使えない。
街に戻ったら、もう少し丈夫なワンドを手に入れなければ。
そんなことを考えながら、嬉々として地長竜の死骸をつついていたヴィートとクラウディオのほうに視線を向ける。
ふたりは突然、驚いた声を上げた。
「くそがっ!」
「下がれ!」
息の根を止めたはずの地長竜が口を開けているではないか。
鱗に覆われた四肢は、地面に倒れ伏していても、真っ赤に染まった目が生への執着でぎらぎらと輝いている。
あれは、だめなやつだ。
地長竜は最期の命の輝きをドラゴンブレスに変えて、私たちを道連れにするつもりだとわかった。
私はどこかでこの世界を甘く見ていたのだ。
ゲームのように、新たな世界に踏み出すことをただ楽しんでいた。
襲ってくる魔物を倒す。
自分が生き残るために、本能のままに、深く考えることなく過ごしてきた罰なのかもしれない。
だけど初めて失いたくないと思える存在に出会った。
弱い私でも、受け入れてくれる仲間。互いの不足する部分を補い、助け合うことのできる仲間に。
許せない。
私の意識は真っ白に染まった。




