あ、やっちゃった!
めりめりと布が破ける音を私はどこか他人事のように聞いていた。
細く、脆弱な人としての姿を脱ぎ捨て、私は本来の姿を取り戻していく。純白の鱗に包まれた翼が背中に現れ、手足は鋭い爪を持つ四肢へと変化する。
全身の細胞が沸き立ち、おなかの底あたりがカッと熱くなる。
怒りに感情を支配されていても、意識はひどく冷静さを保っていた。
時間が止まっているかのようにゆっくりと流れているように感じられる。
クラウディオが茫然とした表情で私を見上げた。
ルフィは腰を抜かすほど驚いていた。
ヴィートは驚きつつも……嬉しそうに見える。こんなときでも、ぶれないよね。
私はちょっと苦笑して、視線を地長竜に向けた。
突如として出現したドラゴンの存在は、今まさに放とうとしていたドラゴンブレスを中断させるだけの影響を地長竜に及ぼしていた。
「グルゥ……」
地長竜は低いうなり声を漏らし、警戒もあらわに私を睨みつけている。
だけど、幼いとはいえ最強の呼び声の高いドラゴンと、亜種でしかない地長竜では圧倒的な力の差があった。
「おしまいだね」
私はなんの予備動作もなしに口を開き、地長竜に向けてドラゴンブレスを放った。
口から飛び出たブレスは一直線に地長竜を目掛けて突き進む。
青白い炎が地長竜を包み込み、断末魔を上げる隙を与えず、その命を刈り取った。
高温の炎が魔石だけを残し、すべてを焼き尽くしたのを確認して、私は詰めていた息を吐いた。
退治完了っと。
私は一仕事を終えた満足感に包まれながら、みんなに視線を向けた。
「……ル、チア、なのか?」
「どういう、ことだ?」
「水竜……だな」
ルフィ、クラウディオ、ヴィートが順番に声を上げた。
三人は地長竜の死骸から少し離れた場所で固まっていた。
みんな信じられないとでも言いたげに、目を見開いている。訂正、約一名、歓喜している人がいた。
あ……、やっちゃった!
いくら非常事態とはいえ、ドラゴンに変身するところを目撃されてしまったことを今更ながらに思い出す。
竜人だって言っていたのに、本当はドラゴンだったなんて、嘘をつかれたって、みんな怒っているんじゃないだろうか。もしかして、ドラゴンなんて魔物と大して変わらないって攻撃してくるかもしれない。
それに、父さんや母さんとした人前でドラゴンの姿にはならないという約束も破ってしまった。あれ、でも命の危機だったから、セーフかな? セーフだよね?
「えぇーっと……」
こんなときはなにを言ったらいいんだろう。
「ルチア……でいいんだよな?」
ルフィの問いかけに、私はとりあえず無言でうなずいた。
「これが、お前の、本当の、姿なのか?」
「まあ……、そうだね」
クラウディオは私に向けて伸ばしかけた腕を脇に下ろす。
いつもだったら、よくやったと頭を撫でてくれる手が遠い。その距離がクラウディオたちとの心の距離を表しているみたいで、悲しくなってくる。
「水竜……で間違いないのだな」
「そうだよ」
「なんという幸運。生きている水竜と見えることができるとは……!」
「お前が、口を、挟むと、話が、逸れる。頼むから、黙って、いろ」
歓喜に沸くヴィートをクラウディオがさえぎった。
「……わかった」
ヴィートは一瞬不服そうにしていたが、すぐにその目は私の身体に向けられ、空色の瞳は好奇心にくるくると輝いている。
クラウディオはルフィと顔を見合わせ、そろってため息をこぼした。
「地長竜の口が開いたとき、もう、だめだと思った。ルチアが、助けてくれたんだな」
ポツリとこぼすルフィの頭を私は見下ろした。
「そういうことになるのかな……。夢中だったし、よく覚えていないけど」
特にみんなを助けたという意識はない。自分が死にたくなかったし、みんなも死なせたくなかっただけ。
「ありがとうな」
目じりを赤く染めながら、顔を上げたルフィがポツリと呟いた。
「完全に魔力切れで、ほかにどうにかできる手段もなかったしね。気付いたらドラゴンに戻ってた」
ルフィの照れている様子に、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。
「いや、お前の、ブレスが、なければ、俺たちは、死んで、いた、だろう。本当に、ありがとう」
クラウディオは深く頭を下げて感謝の意を表している。
隣に立っていたヴィートも同様に頭を下げる。それを見たルフィも倣った。
「別に感謝されるほどのことじゃないよ。自分が生き残るためにやったことだもん。それより、ドラゴンだったこと黙ってて、怒ってないの?」
どちらかというと、私はそっちのほうが気になっている。
「いや、別に」
クラウディオは首を傾げた。
「ルチアの姿でドラゴンですって言われるほうが、びっくりするぞ?」
「賢明な判断だと思う。ドラゴンと知られれば、ドラゴンハンターの餌食になりかねん」
にへらと笑うルフィに、うんうんとうなずくヴィート。
よかった。みんな正体を黙ってたこと、怒ってないんだ。
「あー、それより竜人の姿には戻れないのか? ちょっと首が痛くなってきたんだけど?」
ルフィはずっと私を見上げていたせいで、首が痛いとこぼす。
「うん。じゃあ、変身するよ」
魔力切れの症状以外は特に不調はない。
私はすぐに人の姿に変身した。
鱗に覆われた手や足は滑らかな肌に変じ、翼が消えて、尖った尻尾だけがわずかにドラゴンの名残をとどめている。
「ぎゃ、おま、ちょ、待てよ」
なぜかルフィは慌てふためいて、回れ右をしている。
「ルチア、それは、どうかと」
「……すばらしいっ」
クラウディオは頭を抱えつつ、ルフィと同じように後ろを向く。
「ええい、この、ドラゴン好きが!」
クラウディオは後ろを向く途中で、こっちをまじまじと見つめていたヴィートの頭をつかんで、同じように後ろを向かせた。
ふと自分の身体を見下ろした私は、何も身につけていないことにはたと気付く。
「ギャー!」
足元にはローブだったものや、ブーツだったものの成れの果てが散らばっている。買ったばかりだったのに、すべてバラバラになってしまっていて、直せそうもない。
私は床に落ちていた荷物に飛びついて、以前着ていた服を取り出した。新しくそろえた防具に比べたら防御力はないに等しいけれど、背に腹は変えられない。
頭から下着を被る前に胸を見下ろす。絶壁に近かったのが、少しはなだらかな丘くらいには膨らんできた気がする。
「おい、まだか?」
ルフィがいらいらと足踏みを繰り返している。
「ごめん。ちょっと待って」
慌ててローブに袖を通し、ブーツを履いた。
「いいよ」
私が声をかけると、みんなはゆっくりと振り向いた。
「ああ、ルチアだな」
「やっぱりこっちのほうがいいな」
「すばらしいっ」
ヴィート、さっきからそれしか言ってないよ。




