激マズなお薬に耐えた結果
「っまっずーい!」
なにこれ、なんなの? この世のものとは思えないよ!
涙目になりつつも、何とかのどの奥に流し込んだ薬の味はまずいの一言に尽きた。
ツンとした刺激が鼻の奥を突き、舌の上にはなんとも言えないえぐみが残る。それでも、おなかのなかに落ちた薬はすぐにその効力を発揮し始めたのか、身体の奥から次々と魔力があふれ出す感覚があった。
「ルチア、これこれ!」
ルフィが差し出したマグを飛びつくように受け取って、一気に喉の奥へ流し込む。
これほどただの水がおいしいと思ったのは初めてだよ。
どおりで、ルフィが回復薬を飲むのをためらうはずだ。いくら魔力が回復するとはいえ、このまずさは致命的だ。
「ん、ぷはぁ……」
いくぶんか薬の刺激が治まって、ほっと一息つく。
「大丈夫か?」
「味は最悪だけど、魔力はかなりいい感じに回復してるっぽい」
ふつふつと魔力が湧き出す感覚に、私の精神も高揚していく。
すっごく気分がいい。
今なら上級魔法だってぶっ放せる気がするよ。
「ルフィは飲まないの?」
「だって、くそまずだろ? それ……」
「そういうのは先に言ってほしかったよ」
魔力が回復するのはいいけれど、かなり精神的にダメージを受けた気がするよ?
「何事も経験だ」
ヴィートが慰めになるような、ならないようなことを言って、私の背をたたいた。
「ルフィも、飲め。あまり、時間を、かけたく、ない」
「……わーったよ」
ルフィは本当にしぶしぶという体で、荷物から回復薬を取り出した。
ちゃんとマグには口直し用の水も用意している。さすがに経験者は違うね。
ルフィは大きなため息をついたあとで、一気に回復薬を飲み込む。
私と同じように目を白黒させている。ルフィは続けざまに水を飲んだ。
「ふぁあああああ、くそまずい!」
「だろうね……」
心中お察しします。
「ねえ、傷薬はまずいってことはないの?」
「ないな。なぜなら傷薬は飲む必要がないからな。まあ、腹の中が傷つくようなことがあれば飲むかもしれないが、基本は塗るだけで事足りる」
「わぁー、それってずるくない?」
「別に普通のことだろう」
しれっとそう言うヴィートの表情に、若干の怒りがこみ上げる。
だけど確かにまずくても薬の効き目は確かなので、街に戻ったらぜひ買っておこう。
さて、今はそんなことよりも迷宮をいかにして脱出するかのほうが大事だ。
「魔力はほぼ回復したよ」
「俺もだ」
「じゃあ、行くか」
「ああ」
魔力と気力は十分な状態で、私たちは下の層へと続く階段を慎重に進んだ。
階段を下りきると、ものすごく大きな空間が広がっていた。
まるで神殿のように大きな柱や装飾が施されていて、これまでの迷宮の様子とはかなり違っている。
「これは……、まずいぞ」
先行するヴィートが突然足を止めてつぶやいた。
「え? ヴィートも魔力の回復薬飲んだの?」
「そうじゃない!」
どうやら私の質問は場違いだったみたいで、怒られた。
「ここは、最下層かそれに順ずる層かもしれない」
そう己の予想を告げたヴィートの表情は暗い。
「ええぇ! それって、かなりまずいんじゃない?」
クラウディオも顔をしかめている。
最下層って出現する魔物がかなり強いってことだよね。そんなとことで戦わなきゃいけないなんて、私は大丈夫なんだろうか?
「だからそう言っている」
ヴィートは疲れた表情でため息をこぼした。
「つまり、どういうこと?」
ルフィだけが状況をわかっていないらしく、怪訝な表情を浮かべている。
「こういう大きな空間には、たいてい迷宮の主がいる。その主を倒さなければ、地上へ戻る転送陣は現れない」
「ええ、まじかよ?」
「そうなの?」
私が心配していたのとヴィートの懸念はちょっと違っていたみたい。
ルフィもようやく事態を理解した様子で、顔を青ざめさせていた。
「おそらくここは通常のルートではたどり着けない、いわば裏の層だ。もしかしたら表の主を倒せば出られるかもしれないが、それはいつになるかもわからないし、私たちがここから出られるという保証もない。だが逆を言えば、この層の主を倒せば外に出られるということだ」
「かなり、分の、悪い、賭けだな」
クラウディオの渋面に、それがかなり難しいことだとわかる。
「他に転送陣がないか探すっていうのは?」
ルフィの提案にヴィートは首を横に振った。
「ここまで探して見つからなかったのだ。見つかる可能性のほうが低いだろうな」
「……だな」
つまり、この迷宮の裏ボスだか主だかを倒さないと地上に戻れないって事だよね?
「だったら、やるしかないでしょ?」
私の身体の奥からはいまだに魔力が生まれ続けている。
こんなに魔力が身体中に満ちていたという記憶はこれまでない。自分の容量以上に生まれてしまっているのか、身体中の細胞がふつふつと沸きあがるような心地がする。私はひどく好戦的な気分になっていた。
「主を倒して、みんなで地上にもどろうよ」
誰かがごくりとつばを飲む音が聞こえた。
「わかった……。俺も、覚悟を、決める」
クラウディオはそう宣言すると、唐突に荷物を床に降ろした。サーコートを脱ぎ、しまってあった甲冑を取り出して着替え始める。
私はあわててくるりと後ろを向いて、クラウディオの身体を視界から外した。
「どうして着替えるの?」
「今の、防御力では、回復が、間に合わん」
一人で戦うときの防具に変えて防御力を補うことにしたらしい。
「すまないな。今の装備と私の力ではこれが限界だ」
ヴィートはすまなさげに、クラウディオに向かって頭を下げた。
「気に、することは、ない。上層までしか、もぐらない、予定だった。誰も、想定して、いなかったのだ。しかたがない」
「だが、やるからには最善を尽くす」
「俺も、攻撃に加わるよ。あまり効かないかもしれないけど、何もしないよりはましだろ?」
ルフィもやる気十分だ。
「最低限の回復をしてくれればいい。余力を残す必要はない。思い切っていこう」
ヴィートの助言に、私とルフィはそろってうなずいた。
『ガンガンいこうぜ』ってことだよね?
「待たせた」
金属音を響かせてクラウディオが近づく。初めて出会ったときと同じ姿を目にして、私の胸には感慨深いものがこみ上げた。
旅に出たときは、こんな場所に来るなんて想像もしていなかった。
けれど、クラウディオやヴィート、ルフィのような仲間と一緒ならば何でもできてしまう気がする。
ドラゴンとして生きていたならば、決して体験することのできないことを、今私は経験しているんだ。本当に人の世に出てきてよかった。
「さあ、行こうか」
ヴィートが剣と盾を手に颯爽と駆け出す。
クラウディオは重いはずの戦斧を、軽々と肩にかついでヴィートの後を追う。
へらへらとした表情をしていることの多いルフィが、今は真剣な表情でロッドを構え、走る。
私はワンドを手にみんなのあとに続いた。
大きな空間はまっすぐ奥に伸びている。
二、三百メートルほど進んだところで、先頭を行くヴィートが足を止めた。
五十メートルほど先の祭壇のように数段高くなった場所に、巨大な四足の獣が、いた。
「あれは……」
足を止めたヴィートは、惚けたように魔物を見つめる。
これまで出現していた魔物の傾向から、てっきり粘性体だと思っていたのに、私の予想は外れた。
あれって、ドラゴンじゃない……!?
けれど、ドラゴンであれば必ずといっていいほどあるはずの翼が見当たらない。そして五メートル以上はありそうな巨体は、隆々とした筋肉と分厚い鱗に覆われている。
ドラゴンもどきは四肢を地面につき立て、こちらを警戒するように身体を低く構えてうなり声を上げた。
おそらくあれは意思疎通が可能であるほどの知能を持たない、ドラゴンの亜種だ。
「地長竜……」
ヴィートがうっとりと呟く。
さすが、ドラゴン好き……。名前を知っているのもすごいと思うのだけれど、それ以上に、敵を前にして恍惚と意識を飛ばせるのがすごい。
地長竜は長い尻尾をくねらせて、地面を打った。
ズシンと地面を伝わってきた振動は、魔物の力がかなり強いことを教えてくれる。
「ねえ、ヴィート。もしかして地長竜の弱点とか、知ってたりする?」
いくらドラゴン好きとはいえ、そこまで知っているだろうかと疑問に思いつつも、念のため、うっとりとしているヴィートに尋ねておく。
「あれは地中の温かい場所を好む。風属性か水属性の氷系の魔法が効くはずだ」
「……了解。ありがとう」
趣味なのか実益なのかわからないが、助かった。
今は風属性の魔法がほとんど使えないことを考慮に入れると、ここは氷の魔法一択だろう。
これまで使ったことはないけれど、中級の水属性の魔法を使ってみることにする。
魔法を最大限の威力で発動させるために、私は目を閉じて脳内で魔法のイメージを膨らませる。
「準備はいいな?」
「うん」
ヴィートの問いかけに、私は目を開いた。
みんなも戦う準備ができたみたい。
ヴィートは無言で先陣を切り、地長竜の前に立ちふさがる。そのまま雄叫びを発して、敵の動きをけん制する。
が、地長竜はまったく威圧された様子はなかった。
「ガルルゥッ!」
足を止めたヴィートの背後から、戦斧を振り上げたクラウディオが切りかかる。
「ダメだ、避けろっ!」
ヴィートが焦りを含んだ声で叫ぶ。
クラウディオはすぐに反応して左に飛んだ。
次の瞬間、大きく口を開いた地長竜がドラゴンブレスを吐き出した。
クラウディオのすぐ右脇をブレスがかすめる。
少し距離をとっていた私とルフィまでは届かない。
「ヴィート!!」
地長竜の目の前にいたはずのヴィートの姿が見えない。
ブレス吐いていたのは、ほんの二、三秒ほどのことだった。
ブレスの青白い炎が消えて、その向こう側に盾を構えたヴィートの姿が見えたことにほっとする。
「大丈夫だっ!」
少し苦しげな声に、すぐさまルフィが回復魔法を飛ばす。
ドラゴンブレスはいざというときに使う攻撃手段だ。威力は大きいけれど、立て続けに使えるようなものではない。
案の定、地長竜は尻尾や前足を使っての攻撃に切り替えてきた。
私はすぐさまワンドを握りなおし、魔法を発動させた。
青藍、アイシクルレイン!
空中で生まれたつららが地長竜を目掛けて突き刺さる。
一本目のつららは分厚い鱗に阻まれ、弾かれた。
けれど偶然同じ場所に落下したつららが、わずかに鱗を傷つけたのを私は見逃さなかった。
一本でダメなら、何本でも降らせればいい。
青藍、アイシクルレイン、アイシクルレイン!
私は無我夢中でワンドを握り、魔法を放った。
回復を終えたルフィも風魔法で攻撃に参加する。
私が傷つけた部分を狙って、クラウディオが戦斧で殴りつける。
地長竜が悲鳴を上げた。
よし! 効いてるっ!
尻尾や前足の攻撃ならば、ヴィートが盾で防いでくれる。
この調子なら、何とかなりそうな予感がした。




