迷宮:上層
大きな岩で造られた門のような入り口をくぐって、地下へ通じる階段を降りていく。
ほかの冒険者が降りたばかりで、魔物の姿はまだない。
青白い光に照らされた通路は広くて、あまり圧迫感は感じない。岩をくりぬいて作られたような道で、壁には苔が生えていた。
「意外と明るいね」
「人が足を踏み入れた場所には明かりの魔石が設置されているんだってさ」
「へえ……」
ルフィだって初めてのはずなのに、いかにも慣れている風に教えてくれるのがちょっとおかしい。
二十段ほど降りたところで階段は終わっていた。
広間のような少し大きな部屋があって、左右に廊下のような通路が続いている。
「どっちに行くの?」
私は一番迷宮に詳しそうなヴィートに聞いた。
「迷ったら右」
「迷ったら左だろ?」
「……右」
ルフィだけが左派だった。
「じゃあ、右にいこう!」
ルフィだけがぶつぶつと文句を言っていたけれど、ここは多数決でいいと思う。うん。
右の通路を進んでいくと、またすこし広い場所に出る。
そこからは二つの通路につながっていた。
部屋のようになっている場所の真ん中あたりに差し掛かったときだった。
キィンと耳が痛くなるような高い音が聞こえた。
「っわ、なにこれ」
私はとっさに両方の耳を手で押さえる。
「何か聞こえるか?」
「いや……、特には……」
ヴィートとクラウディオは顔を見合わせている。
「ルチア、だいじょぶか?」
ルフィが私の顔をのぞき込んでくる。
「だいじょぶ……じゃない」
手で押さえていると少しはましだけれど、ちょっと耳が痛い。ものすごく痛いわけではないけれど、この状態が続くと地味につらい。
「結晶体だ!」
ヴィートの声に顔を上げると、片方の通路からふよふよと宙に浮かびながら、青白く発光している物体がこちらに向かって移動していた。
それは、水晶のように透明な結晶が複雑にくっついたような外見をしていた。全体的に発光していて、地面から五十センチくらいのところに浮かんでいるところを見ると、やはり魔物なんだろう。
「来るぞ!」
クラウディオの注意に、私はあわててワンドを構えた。
結晶体の中心部が激しく明滅する。
私の耳にしか聞こえていない甲高い音は、明滅に合わせて高くなったり低くなったりと変化していた。
結晶体から何かが飛び出したように見えた。
ヴィートが飛来した小さな塊を盾で受け止める。
「気をつけろ、石礫だ!」
どうやら結晶体は結晶の破片のようなものを投げつけてくるらしい。
「了解。いっくよー!」
私は不快な音に顔をしかめつつ、やけくそ気味に魔法を発動させた。
青藍、ウォーターカッター!
振り下ろした杖から、水が結晶体に向かって一直線に放たれる。
小指ほどの細い水流は高速で結晶体の中心部を射抜いた。
その瞬間、それまで耳を刺激していた音がぱたりと止んだ。
激しい明滅もなくなって、地面の上に結晶体がガシャンと落ちて散らばった。
「すげぇ」
魔法の素晴らしい威力に、ルフィが感嘆の声を上げる。
相手が鉱石のような魔物で水魔法が効くと教えてもらったときから、ずっと私は考えていた。やっぱりここはウォーターカッターの魔法を使うべきだって。
前世の記憶でも、墓石なんかはウォータージェットで切断していたような気がするんだけど、あれって水に何か混ぜてたんだろうか?
いずれにせよ、私には大して専門的な知識はないから、なんとなくフィーリングで使ってみたのだが、うまくいってよかった。
クラウディオが散らばった残骸の中から魔石を拾い上げる。
「一旦、俺が、預かって、おく」
クラウディオが手を差し出して魔石をみんなに見せる。
たぶん上級くらいにはなりそうだ。無事、迷宮から出たら、換金してみんなで分けようね。
「ああ」
「お願い」
「いいんじゃね?」
結晶体が近づくと、不快な音がするのですぐに気付くのだが、どうやら私にしか聞こえないみたい。
みんなは年だから高い音が聞こえないのかな……って、なんでもないよ。
まあ、こんな格好をしているけど、私の本来の姿はドラゴンだし、そういうこともあるよね。
そんなかんじで魔石を回収しつつ、私たちは危なげなく迷宮の第一層を進んでいった。
先にもぐったパーティはみんな先に下りてしまったのだろう。後ろから来たパーティに追い越されることはあっても、戻ってくるパーティとすれ違うことはなかった。
「みんな進むばっかりで、戻ってこないね~?」
私の質問にクラウディオが答える。
「五層まで、下りれば、転送陣が、ある。戻るより、楽だ」
「そこまで進めないような者ならば、それまでに行き倒れるだけだ」
ヴィートの容赦ない現実を告げる声に、私とルフィはそろって落ち込んだ。
「そんで、虚になるってわけか……」
「そういうことだ」
虚の姿は、ほとんど白骨化したようなものもあれば、最近なくなったようなゾンビのような姿のものもある。
そう言ったそばから、虚が現れた。
かなりできたてっぽいやつだ。
私は生々しい姿の虚に、思わず強めのフレイムウォールを発動させてしまって、クラウディオに怒られた。
「魔力は、節約しろ!」
「ルチアの魔法は、私たちのパーティの生命線だ。疲れたらすぐに言ってくれ。回復するまで休憩するという手もあるのだ」
「ごめん……」
「いざとなったら、迷わず魔力の回復薬を飲んだほうがいいぞ」
「うん。わかった」
魔法使いとしての経歴の長さではルフィのほうが先輩だ。アドバイスはありがたく心に刻んでおく。
「魔力は七割くらい残ってる」
「わかった、ならこのまま一層の魔物を排除してしまおう」
ヴィートを先頭にして、私たちは通路を進んだ。
出現する魔物は結晶体と粘性体、それから虚だけ。魔法さえ発動できれば手ごわい敵ではなかった。
進行方向から来たパーティとすれ違う。
「お掃除ご苦労さん」
大剣を持った冒険者が、すれ違いざまに手を上げて挨拶をしてきた。
「ああ」
「がんばってね~」
私は手を振ってそのパーティを見送った。
「おう、まかしとけ」
そんな感じで二、三のパーティとすれ違った。みんな私よりもギルドランクが上の人ばかりみたいで、この辺の魔物なら楽勝そうだ。
迷宮に降りた場所から、ぐるっと右回りに進んだところで、先行しているヴィートが下へと続く階段を見つけた。
「このまま下りる?」
「いや、私たちは下に進むパーティのサポートが役目だ。先に一層の魔物を排除してからだ。しばらくは出現しなくなるはずだ」
「わかった~」
そのまま下りるのはやめて、通ってきたほうではない、もう一つの通路に向かって進む。
そっちに行くと戻る方向だなぁ、と思っていたらやはり地上へと続く階段につながっていた。
「よし、こんなもんだろ」
一層の魔物をあらかた討伐して、私たちは階段を下りて二層に進んだ。
出てくる魔物の数がすこし増えたくらいで、ほとんど一層と変わりはない。
今度は一本道なのだけれど、行き止まりになっているわき道が多くあって、そこに出現する魔物を丹念につぶしていく。
「ルチア、火!」
ヴィートが粘性体を発見して、教えてくれる。
「はーい!」
私はフレイムウォールを発動して、さくっと粘性体を片付ける。
耳がキーンとしてきたら、ウォーターカッターを使う。虚が現れたときは、クラウディオとヴィートが片付けてくれるので、私は後方で休んでいればよかった。
怪我はしなかったので、ルフィは回復魔法を使う必要がなかった。みんなの身体強化魔法が切れたころに、ルフィがかけなおすくらいで、ここまでのところは危なげなく進むことができていた。
三層へと下りる階段を見つけたところで、他のパーティが休憩していた。
他のパーティもいることだし、比較的安全だということで、そこで少し休憩することにした。
ここまで、おおよそ二時間くらいかかっただろうか。
焚き火もできないし、持ってきた食料をちょびっとかじるくらいしかできないけれど、こまめに休まないと、魔力が回復しないので、休憩は大事だ。
私は麻袋に入れていたピーナを取り出した。ルフィに切ってもらって小腹を満たすと、ちょっと元気が出てきた気がする。
やっぱり甘いものの力は偉大だ。
「ルフィの魔力は回復した?」
「俺は支援魔法ばっかりで、ほとんど使ってないから、大丈夫だ。本当は攻撃も手伝いたいんだけど……」
「ルフィが攻撃にまわると、後で魔力が足りなくなるだろう。今はそれほど手ごわい敵もいないから、魔力を温存しておいてくれ」
「うん、わかってる……」
ルフィは浮かない顔のままうなずいた。
「そろそろ、いこっか」
「ああ」
魔力はずいぶんと回復した。このままの調子なら、今日中に目的地である五層にたどり着けそうだ。
さすがに眠らずに迷宮を探索するのは無理だし、夜はちゃんと眠りたい。
迷宮の中は広くて圧迫感は少ないけれど、やはり逃げ場のない場所で眠るのは御免だった。
三層に下りると、これまで見られなかった虫型の魔物が現れた。
関節をこすり合わせるような、嫌な音をさせて現れたのは、ヤゴのような姿をした魔物だった。
「蜻蛉の幼生か」
うーん、虫型の魔物って嫌いなんだよね。
特に嫌な思い出があるわけじゃないけど、どうもあの見た目が好きじゃない。
「燃やしちゃっていい?」
クラウディオに尋ねる。
「俺がやる。下がって、待て」
魔法じゃなくても倒せるならば、魔力は温存しておきたい。
私は素直にルフィと一緒に少しはなれた場所で待つことにした。
ヴィートが飛び掛ってきた幼生の攻撃を盾で防ぐ。
その隙に、クラウディオが戦斧を振り回す。
横っぱらを戦斧で殴られた幼生は、体液を撒き散らしながら後方へ吹き飛んだ。しばらくはピクピクと動いていたが、やがてその動きを止める。
「ねえ、気持ち悪いから、やっぱり燃やしちゃっていい?」
「……好きにしろ」
クラウディオは大きなため息をつきつつも、諦めを含んだ声で告げた。
初級魔法ならそんなに魔力も使わないし、いいよね?
私はヴィートとルフィに視線をめぐらせた。
ヴィートは肩をすくめて応え、ルフィは私の視線から目をそらす。
何も言わないってことは、オッケーってことで解釈しちゃうよ?
深緋、ファイアボール。
あっという間に幼生の身体は炎につつまれ、あとにはわずかな灰と、小さな魔石が残される。
私は灰の間から魔石を取り上げて、荷物の隙間に押し込んだ。
あまりにもここまでの道のりが順調だったから、少し油断があったのかもしれない。
気付いたときには、私たちは暗闇の中に立っていた。




