森人の血を引く者
完全にばれている。
「竜の姫……って、私のことですか?」
ダメもとでとぼけてみる。
「ドラゴンの強大な魔力と気配は、たやすく隠しおおせるものではありませんよ?」
宿の主人の笑みがさらに深くなる。
わぁ、こわい。やっぱり無理か。
「だとしたら、どうします?」
人生経験の少ない私が、彼をだまし通すのは無理そうに思える。
「森人の血を引くフェルナンドと申します。竜の姫様のお名前をおうかがいしても?」
「ルチアだよ」
森のような深い緑色の瞳がじっと私を見つめている。フェルナンドの落ち葉のようなハニーブラウンの髪はいかにも森人らしい色だ。
「ルチア様とお呼びしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
ルチアがうなずくと、フェルナンドは一気に距離を縮めてきた。
「ルチア様、何かお困りではないですか?」
「困りごと? 別にないよ。どうしてそんなことを聞くの?」
フェルナンドの質問の意図をはかりかねて、私は首をかしげた。
「ならばよいのです。偉大なる御身が卑小なる人と旅をなさっているご様子。何か弱みでも握られ、御不自由されているのではないかと、心配していた次第です」
「ええ?」
思いもかけない言葉に、私はなかなか状況がのみ込めずにいた。
フェルナンドの目がようやく柔らかくほころんだ。
今度は心からの笑みを浮かべている。目尻のしわが深くなっていた。
「ならばよかった。ですが、もし何かお困りのことがございましたら、このフェルナンドに申し付けくださいませ。森人の血を引く者として、少しでも御身の助けになれば幸いです」
すごく大げさな言い方でわかりにくいけど、困ったことがあったら助けてくれるよってことでいいんだよね?
「別に、私は人の世を旅してみたいだけ。あなたの助けは必要ない、と思う」
「御身の役に立てることができず、残念至極にございます」
「なんか、その大げさなしゃべり方、やめてもらってもいい? 今の私はただの竜人で、星一つの冒険者なの」
フェルナンドは片方の眉を器用に上げてみせた。
「やはりお仲間にはドラゴンであることは伏せて?」
「まあね。でもこれは父と母との約束だから」
私は肩をすくめた。
「そうですか。私はルチア様の正体については決して他に漏らしたりなどいたしませんので、ご安心ください」
「そうしてくれると、助かる」
彼の口をつぐませるために、最悪の手段をとることも考えていたけれど、どうにか回避できそうだ。
今の私は人を殺めることにそれほど禁忌を感じていない。前世であれば考えられなかったことだが、現世がドラゴンである私の生存本能は強い。
攻撃を仕掛けてくる魔物に対して、躊躇する気持ちは露ほどもない。自分に危害を加える可能性があれば、人であろうと森人であろうと殺すことにためらいはない。
フェルナンドが私の真意を知っているのかはわからないが、表面上は穏やかな笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、あなたと私は今から宿の主人と宿泊客という関係で、いいよね?」
「もちろんでございます。おやすみのところ、お邪魔してしまい申し訳ございません。ごゆっくりとおくつろぎくださいませ」
大げさなしゃべり方をやめてほしいと頼んだけど、彼の話し方はほとんど変わらない。もともとそんな口調なのだろう。
頭を下げて部屋を出て行こうとしていたフェルナンドを私は呼び止めた。気になっていることがあるのだ。
「ねえ、そんなに私竜人に見えないかな?」
私に背を向けていたフェルナンドは、すぐさまくるりと振り返り、大きくうなずいた。
「残念ながら。森人の血を引く者は、親愛なるドラゴンの気配に敏感ですから。恐らく竜人の血を引く者も同じでしょうね」
「はあ……」
私は思わずため息をもらした。
コルシニのような大きな都市ともなると、様々な種族が集まってくる。ドラゴンと関わりの深い種族に対して、隠し通すのは難しいのかもしれない。
私は今後の留意事項として心の隅に書き留める。
「ですが、人の世で暮らす森人や竜人の血を引く者はそれほど多くはありません。さほど心配はいらないのでは?」
「だといいなぁ」
「ちなみに、ルチア様はおいくつですか?」
「え、十五歳だけど?」
「十五! てっきり……、いえ、とてもお若くて……いらっしゃるのですね」
む、声が震えてるよ。フェルナンドさん。ええ、言いたいことはわかりますとも。最近、自分でも少し子供っぽくなっている気がする。前世の記憶もだいぶ遠く感じるようになってきたし、もともとこっちが私の地なのかもしれない。
「ですが、もし困ったことがありましたら、なんなりとご相談ください。卑小なるわが身ではありますが、これでもギルドランク星四つを持っていたこともございます。引退してから数年は経っておりますので、少々ブランクはありますが、お役に立てるかと」
フェルナンドは気障ったらしくウィンクをしてみせた。
「……まあ、困ったことがあったら、相談する……かも」
ないと思うけどね!
「では、失礼いたしました」
私はフェルナンドが部屋から出て行くのを見届けて、しっかりと扉を閉め、ようやくほっと一息ついた。
おそらく彼は私がドラゴンであることを黙っていてくれるだろう。
森人の血を引いているならば、ドラゴンに対する畏怖や、敬愛の念は本能に近いレベルで刻まれているはずだ。
とりあえず、もう少し魔力を上手に隠す練習だね……。トホホ。
ベッドの上で寝転がりながら、みんなが帰ってくるのを待っているうちに眠ってしまったらしい。
気付いたら朝だった。
「おい、ルチア。起きろ」
「ん……、おはよう」
寝癖をつけたルフィに揺さぶられて目を覚ます。
「ふぁー」
大きなあくびを一つして、ぐうっと背筋を伸ばす。
よしっ。今日は観光とお買い物だ!
今日の予定を思い出すとテンションが上がってくる。
他のみんなはとっくに準備ができていたみたいで、ロビーで待っていると言い置いて一階に下りていった。
ぴょんとベッドから飛び降りて、共同のトイレと洗面所に向かう。
新しい服に着替えて、きていた服は備え付けのかごに入れて洗濯に出しておく。
んー、そろそろ新しい服を買ったほうがいいかな?
基本的に私が着ているのはただの『ぬののふく』なので、これから魔法使いとして戦っていくならば、その役目に相応しい装備を手に入れた方がいいのはわかっていた。
魔法使いはローブを身に着けていることが多い。
動きやすさと魔法防御を考えれば、選択肢はおのずと定まってくる。
本当はヴェルディの街で装備をそろえようと思っていたけれど、お金に余裕がなかったということもあったけれど、売っている装備がほとんどなかったので、後回しにしていた。
けれど、冒険者が多く集まるこのコルシニでも、ローブ姿の者はほとんど見かけられなかった。
やはり魔法使いの数は少ないのだ。
流石にここなら売ってるよね?
下に降りると、皆そろって待ってくれていた。
フェルナンドに挨拶をして宿を出る。
適当に屋台で朝食を買って、食べながら歩く。
「ルチアは果物だっけ?」
「あっちの、通りで、売っていたぞ」
「行く!」
クラウディオが教えてくれた通りに行って、果物を物色する。
うわぁ、結構いろんな果物がある!
八百屋の店先にならんでいる果物はいろんな種類があって、目移りする。
「お嬢ちゃん、どうだい? このピーナ」
おじさんが差し出してきたのは、どう見てもパイナップルだ。
おお。これで味が違ってたらやだなぁ。
「買います!」
「二つで半銀貨だよ。切ってやろうか?」
「一つ、お願いします!」
物入れから銀貨を取り出しておじさんに手渡す。
「ちょっと待ってな」
おじさんはスパン、スパンと手慣れた手つきで上下を切って、ピーナをカットしてくれた。半分にカットしたピーナを器のようにして、その中に一口サイズに切った実を入れて渡してくれた。
残りは袋に入れてもらって、おつりと一緒に受け取る。
ヴィートがすかさず持つのを手伝ってくれて、私は切っていないピーナを保存魔法のかかった袋に片づけた。
「いただきまーす」
一つつまんで口に放り込む。
……ん? パイナップルっぽいけど、ちょっと酸っぱい。でも、いける?
もぐもぐとピーナを食べていると、ルフィが横から一つ奪っていった。
「あーっ!」
「たくさんあるんだから、一つくらいいいだろ?」
ルフィは奪ったピーナを美味しそうに頬張っている。
「子供、みたいな、ことを、するんじゃ、ない」
クラウディオがルフィの頭をはたいた。
「そうだよ。ただでさえルチアは果物しか食べないのだ。奪うような大人げない真似は感心しないな」
ヴィートにまでたしなめられて、ルフィはしゅんと肩を落としている。
ルフィって、ちょっと子供っぽいところがあるよね。
「ねえ、ルフィっていくつなの?」
はたかれた頭が痛むのか、彼はちょっと涙目になりながらも答えた。
「え? 十七だけど」
「そうなんだ」
やっぱり思っていたとおり、それほど歳は離れていない。
「ガキだな」
「子供、だったか」
「俺はガキじゃない!」
ヴィートとクラウディオに断言されて、ルフィは完全にすねていた。
あれ? 人の成人っていくつだっけ。ドラゴンなら十五歳なんだけど、人の場合がわからないよ?
「十七って大人じゃ、ないの?」
「国によっても違うが、この国では十六だな」
「俺の、国でも、十六だ」
なるほど、それで私が十五歳って言ったからクラウディオは私を子供扱いしているのか。納得だ。
「だが、振る舞いが伴わなければ、大人として扱われなくても仕方ないだろう?」
まあ、そうだね。前世の記憶でも、結婚しないと一人前として扱われない国があった気がする。
「じゃあルフィは大人に相応しい行動をした方がいいってことだね」
私のダメ押しに、ルフィはちょっと涙目になっていた。
「……ルチアまで、ヒドイ」
だんだんかわいそうになってきたので、話題を変えることにする。
「ねえ、ルフィ。私新しい装備をそろえたいんだけど、見立てるの手伝ってくれない?」
回復魔法の使い手であるルフィならば、魔法使いに相応しい装備には詳しいはずだ。
「おう、いいぜ。俺に任せとけ」
ルフィは急に元気を取り戻したみたいで、足取りも軽く防具の店に案内してくれた。




