我が親愛なるドラゴンの末裔
ルチアの身体がぐらりと傾いだことに気付いて、私はあわてて駆け寄った。
抱きとめた身体は驚くほど軽く、華奢だった。
彼女の顔色は真っ青だが、呼吸は安定している。
おそらく魔力切れだろうと、私は見当をつけた。
「ルチアは、大丈夫、か?」
知り合ったばかりだが、一緒に戦ってみれば彼――クラウディオが、実直でとても頼りになる男だということはすぐにわかった。
「たぶん魔力切れだ。回復を待つしかない」
クラウディオは寄せていた眉根を解き、ほうっと息をこぼした。
「まったく、無茶、ばかり、する」
クラウディオは手を額に当ててこめかみをもんだ。
その気持ちは、私もよくわかるぞ。
先ほどまで強い毒に犯されていた身体が嘘のように軽い。
ルチアが使った解毒の魔法のおかげだ。
「魔石と、討伐証明部位の回収を頼む」
私の言葉にクラウディオはうなずき、地面に転がっている岩鳥に近づいた。
私はルチアを休ませるために、地面の上に私が着ていたマントを敷いて、彼女の身体を横たえた。
これで少しは休めるだろう。
目を閉じてぴくりともしないルチアの頬をそっと撫でる。
ぎりぎりまで魔力を使い果たしたのだろう。触れても彼女が気付いた様子は無い。
こんな少女があれほど高位の精霊と契約しているとは、想像もしていなかった。彼女の噂を王都のギルドで聞きつけ、あわててこんな田舎までやって来たが、ルチアは私の想像をはるかに超えていた。
「おまえ、まさか! そんな性癖、だったのか?」
「はあ? そんなわけがあるか!」
クラウディオに小児性愛者ではないかと疑われていることに気付いた私は、憤慨した。
私が彼女に対してそのような劣情を抱くなど、あり得ない!
「私の性的嗜好は、豊満な成人女性だ。ルチアは竜人なのだぞ! 私が敬愛するドラゴンの血を引く少女だ。そんな卑しい気持ちを抱くなど、彼女に対する冒涜だ!」
「お前、ドラゴンが、好きだから、竜人である、ルチアに、近づいたのか……」
もはやうんざりした表情を隠すことなく、クラウディオは疲れた様子でため息をこぼしている。
「確かに最初に彼女に興味を持ったのは、彼女がドラゴンの血を引く種族だからだ。……美しい鱗、力強い四肢、大空を飛翔する優美な翼、そして生物の頂点に君臨するその力と生命力。どこをとっても素晴らしい。しかし残念なことに、ドラゴンが人里に近づくことはまず無いし、確認されている数もものすごく少ない。せめてその血を引く者に会ってみたいと思うことは、彼らを尊敬する者として間違っているだろうか、いや、そんなはずは無い」
「もういい」
ドラゴンに対する私の気持ちを語れと言われたならば、何時間でも語ることができるというのに、クラウディオは手を人払いして私の言葉をさえぎった。
「そんな、ことより、ルチアのことだ」
む。ドラゴンのことをそんなこととは何事だ、と思ったが、確かにルチアについて、彼と私の意識をあわせておいたほうがよいだろう。
私はうなずいて彼に同意を示した。
「お前も、風の精霊の、姿を、見たのか?」
「ああ」
岩鳥の変異種の攻撃に苦しめられていた私たちを救ったのは、風の精霊の攻撃だった。
魔法に適正のない私がはっきりとその姿をとらえることができたのは、彼女が精霊と契約を交わしているという証だ。しかもその精霊はかなり高位であるように見えた。
「貴殿も見えたのだろう?」
「ああ」
クラウディオは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
無理もない。
これまで私が出会ったことのある魔法使いのなかで、精霊と契約している者はいなかった。
魔法を使うたびに魔力という代償をささげ、精霊の力を一時的に借りて魔法を発動させているだけで、精霊が魔法使いの前に姿を現わすことはない。
しかも、普通ならば使える魔法は多くても二種類程度であるはずだが、彼女は風火水の三つの魔法を使いこなしている。そして、生体魔法に属する解毒魔法までも。
魔法を使えるかどうかは、遺伝によるところが大きい。さすがはドラゴンの血を引く種族だ。素晴らしいの一言に尽きる。
彼女がこれほど多くの属性の魔法を使えると知ったら、ギルドはきっと囲い込もうとするだろう。
「ルチアが解毒魔法を使ったことは、伏せておこう」
「ああ、それがいい、だろう」
私たちは顔を見合わせ、共犯者の笑みを浮かべた。
複数属性の魔法を使えることは、冒険者をしていればいずればれてしまう。
だが、めったに無い生体魔法の使い手であるということが知られれば、その恩恵にあずかろうと、下心満載の輩に煩わされるのは、彼女にとってもうれしくないはずだ。
生体魔法には解毒や治癒だけでなく、自分の能力を底上げするものもある。
少しでもランクの高いクエストを受けたいと思っている冒険者にとって、喉から手が出るほどほしい魔法だ。
ルチアが目を覚ましたら、決して人前で生体魔法を使ってはいけないと、釘を刺しておかなければ。本当ならば二度と彼女に生体魔法を使わせたくは無いが、いざというときの切り札として持っておいたほうが言いと助言しよう。
「ついでだから、言っておく。ルチアが、契約、しているのは、あの、風の、精霊だけではない」
「はあっ?」
私はぽかんと口を開けた。
「俺は、ルチアが、精霊と、会話している、ところを、見た。おそらく、水の、精霊だ」
なんということだ。
風の精霊のみならず、水の精霊とまでも契約を交わしているのか! もしクラウディオの言うことが本当ならば、さすがはドラゴンの血を引く竜人だ。
「素晴らしい!」
生態系の頂点に立つドラゴンであれば、精霊をも従えることができるのだと、改めて尊敬の念を抱く。
うっとりとドラゴンの素晴らしさに浸っていると、クラウディオが私の思考を邪魔してくる。
「とりあえず、岩鳥の、尾羽は、採取した。それから、魔石はこれだ」
クラウディオが紫色のつややかな長い尾羽と、かなり大きな魔石を差し出した。
「それは貴殿が預かっていてくれ。ルチアが起きたら渡してやってくれ」
「ん」
クラウディオは一つうなずいて、荷物の中にしまいこんだ。
私は横たわるルチアの身体を見下ろした。
よほど魔力を消費したのだろう。彼女が目を覚ます気配は無い。
「一旦村に戻ろう」
「ああ、そのほうが、ルチアも、ゆっくりと、休める、だろう」
ルチアを抱き起こそうとするクラウディオを、私はとどめた。
「私が背負っていく」
「ルチアは、俺の、弟子だ。俺が、運ぶ」
「……っく」
悔しいが、師匠として登録しているクラウディオの主張は正しい。
私は涙を飲んで権利を譲った。
さっさとルチアを背負い、村に向かって歩き始めたクラウディオの背中を私は追った。
いつか私もクラウディオと同じくらい彼女に信頼されたいものだ。そして、叶うことなら美しい鱗に覆われた尻尾を触らせてもらいたいものだ。




