変異種
「変異種って言うのは、通常個体よりも大きかったり、強かったりする魔物のことだ。普通に見かける岩鳥の倍ほどの大きさがあるし、本当ならば岩トカゲのような色をしているはずだが、あれは紫色をしているだろう?」
「そうだね」
ヴィートが示した先にいる魔物は、毒々しそうな色をしていた。
なんだか危険そうな香りがぷんぷんする。
「おそらく、仲間を、食った、のだろう。あれでは、星二つ、ではなく、三つの、クエストだ」
クラウディオが星三つ、ヴィートは星四つだから、私という足手まといさえいなければ倒せるはずの魔物だ。
「どうするの? 私、パーティ抜けようか?」
クラウディオとヴィートの二人ならなんとか倒せるのではないだろうか。そう考えた私は、パーティを抜けることを提案する。
きっとドラゴンの姿ならば遅れをとることは無いのだろうが、今はどう考えても無理な気がする。
「途中でのパーティ離脱はクエスト失敗になる。かなり難しいが、挑戦してみないか?」
「俺は、反対だ。どうしても、倒さなければ、ならない、ということは、ない。別の、パーティが、倒して、くれる、かもしれない」
クエストの続行を提案するヴィートと、反対するクラウディオの間で意見が割れた。
「おそらく私たち以外にこのクエストを受ける冒険者はいないだろう。報酬があまりよくない」
確かに、このクエストは掲示板に貼られてからずいぶんと時間が経っているように見えた。
「村の人たちが困っている。ルチアのことなら私が守る。だから、試してみないか? 危なかったらすぐに撤退すればいい」
あまりに熱心に訴えかけてくる様子のヴィートに、クラウディオはそれ以上反対を口にしなかった。視線だけで、私にどうするのか問いかけてくる。
「せっかくここまで来ちゃったしね。戦闘に関して自信は無いけど、逃げ足には自信があるよ。だから、挑戦してみてもいいかな?」
私はクラウディオの顔を見上げた。
ヴィートも期待をこめてクラウディオを見つめている。
「ルチアは、覚悟、したんだな?」
「うん」
「ならいい」
クラウディオがゆっくりとうなずく。
「よし。そうと決まれば、作戦会議だ!」
私たちは頭をつき合わせて、作戦を練り始めた。
ヴィートが主導して打ち合わせを進めていく。
「直接攻撃は私がすべて受け止める。二人とも私の背後には来ないようにしてくれればいい」
盾持ち役は、魔物からの攻撃にひたすら耐え、攻撃を自分に集中させるのが役割だ。正面で魔物と向き合っている盾持ちの背後は、不用意に近づくと敵の攻撃に巻き込まれる可能性がある。
なので、ぐるりと敵の後ろ側に回り込むほうが攻撃を受けにくいのだ。
「わかった。岩鳥の背後にいるようにすればいいんだね」
「ああ」
「ルチアは、風魔法を使えるよね?」
「うん。ウィンドカッターなら楽勝だよ」
「中級の魔法は使えないのか?」
「トルネードかぁ……」
ワンドを手に入れる前は、何とか発動できるレベルだったのだが、今なら簡単に発動できそうな気はする。ただ、魔力の消費が激しいので、あまり実践では使ったことがない。
「使えるけど、二回が限度かな。ウィンドカッターなら十回はいけるよ」
「変異種だからウィンドカッターでは効かない可能性がある」
うわー、そうなんだ。変異種ってそんなに強いのか。
「よし、では私が立てた作戦を説明しよう」
ヴィートはかっこつけて手を振った。
「まず、ルチアがトルネードで岩鳥を地面に引き摺り下ろす」
まあ、飛んでるから普通は攻撃が届かないよね。
「すぐに私が岩鳥を挑発してひきつける。クラウディオは全力で攻撃。ルチアは、岩鳥が逃げようとしたらもう一度トルネードを使って。これでダメなら、あきらめよう」
「わかった」
「了解」
私たちは互いの顔を見合わせてうなずく。
よし。やるぞ!
私は早速ワンドを手にした。
「私が先に行く。合図したら魔法を!」
ヴィートが剣と盾を手に走り出し、クラウディオも戦斧を手にあとに続く。
そのあとを私が追った。
変異種の岩鳥を視界に捕らえる。
「ルチア、やれ!」
ヴィートの合図に従って、私はワンドを構えた。
翡翠、トルネード!
ぶわりと風がわき起こる。
ワンドの先から生まれた空気の渦は、次第に大きくなって岩鳥を巻き込んでいく。
よし!
かなり魔力を消費したけれど、私の魔法は岩鳥を捕らえている。
岩鳥はギャアギャアと耳障りな鳴き声を上げて、かなり怒っているように見える。
「こっちだ!」
ヴィートが敵に向かって、剣を振り回し挑発する。
トルネードの魔法にもみくちゃになりながらも、攻撃してきた私に襲い掛かろうとしていた岩鳥は、その進路を変えて、ヴィートに向かって爪を広げて降下する。
彼の目論見どおりだ。
ヴィートを目掛けて降下してくる岩鳥に、クラウディオが戦斧で突く。
岩鳥はギャワギャワと耳障りな声を上げた。
次の瞬間、岩鳥が毒霧を吐き出した。
けれど、トルネードのおかげで毒霧は拡散することなく、岩鳥の周囲を漂っている。
このままいけるのではないかという期待が私の心の片隅に生まれた。
動きの鈍い岩鳥に対して、クラウディオが確実にダメージを与えていく。
ヴィートも盾で防御しつつ、合間に攻撃を仕掛けている。
私は次のトルネードを発動させるタイミングをひたすらにうかがっていた。
「ルチア、もう一度だ!」
岩鳥の攻撃を避けるために、クラウディオが後退した瞬間を狙って、私はトルネードの魔法を発動させる。
あらかじめ予想していた通り、かなりの魔力を持っていかれた。
もう一回トルネードを発動させるのは、やはり無理だ。ウィンドカッターならば二、三回はいけそうだけど、トルネードに残りの魔力の大半を費やした価値はあった。
岩鳥の動きが見る見る緩慢になっていく。
とどめを刺そうと、クラウディオが猛烈な勢いで攻撃を繰り出す。
斧を振り上げ、回し、落とす。
私はクラウディオの底なしの体力に、賞賛の拍手を贈りたい気分だった。
ヴィートは鮮やかに剣をひらめかせ、岩鳥の注意を自分に引き付けている。まるで舞のようなその動きは、訓練の賜物なのだろう。
二人とも、すごい。
ほとんどダメージを受けることなく、鮮やかな手並みで確実に敵の体力を削いでいく。
それに比べて、自分はどうなの?
魔力が尽きて、ただぼうっと二人が敵を倒すのを待っていることしかできない。
それがひどく悔しかった。
強く、なりたい。
二人と一緒に戦えるように。
彼らが背中を預けても大丈夫だと思えるくらいに強くなりたかった。
命にかかわる場面で、そんな考え事をしていれば、どうなるかなんてわかりきっていたのに、私は油断し、失念していたのだ。
生き物が死ぬ間際に恐ろしいほどの力を発揮することを。
それは魔物でも変わりなく、岩鳥の変異種は猛烈な勢いで暴れ始めた。
大きく開いた口から毒霧が吐き出される。
薬草を口に当てていても少し苦しい。シレアの葉の解毒作用を上回る強力な毒が浴びせられたのだろう。
「……っく」
クラウディオもヴィートも苦しげに顔を歪めている。
ヴィートはそれでも剣を杖代わりに、盾で皆を守る姿勢を崩さない。
クラウディオもまた緩慢な動きで、戦斧を振り上げ岩鳥にダメージを与えんと、力を振り絞っている。
もう撤退できるタイミングは完全に逸していた。
トルネードの魔法はまだ発動中なのに、周囲には大量の毒霧が漂っている。
視界の端が暗くなってきた。
私は、苦しさに喘いだ。
たっていられなくて、がくりと膝をつく。
あれ? 人の身体ってこんなに弱いものなの?
きっとドラゴンの姿だったら、こんな毒なんてすぐに消えてしまうのに。
そう思ったけれど、人前でドラゴンに戻るのは本当に命に関わるときだと約束している。確かに危険な状態だけど、今すぐ命に関わるというほどではない。
その躊躇が私の判断ミスだった。
「もうっ、見ていられないっ」
あせったような風の精霊の声が聞こえた。
「オルテンシア……」
私が呼び出してもいないのに、この場に現れた彼女は私と岩鳥の間に立ちはだかった。
「ルチア、毒は私が何とかする。解毒魔法を使って」
オルテンシアは岩鳥から視線をはずさないまま、風を起こし、毒霧を集め始める。
「オルテンシア、だめだよっ。……それに、私は解毒魔法を……知らない」
私は荒い呼吸を繰り返すなかで、何とかオルテンシアに伝える。
契約者の命令なしに、魔法を使えば精霊といえども無事には済まない。そんなことは精霊である彼女が一番わかっているはずだ。
「ルチアなら大丈夫。解毒を使って」
オルテンシアは振り向いて、私に向かって笑いかけた。
翡翠、ダメっ!
私が真名で呼びかけてやめるように命令したときには、すでにオルテンシアは魔法を発動させていた。
あれは、サイクロン。風属性の上級魔法だ。
「いやぁ、オルテンシア!」
「大丈夫。ちょっと眠るだけよ」
儚い、笑顔だった。
オルテンシアの輪郭が、風にとけていく。
「ルチア、おやすみなさい……」
オルテンシアはささやきだけを残して、完全に姿を消した。
「やだあっ!」
心の一部に存在する精霊との契約の絆。
それがほとんど感じられないほどに薄くなるのがわかった。
いや、どうしてっ。オルテンシア、オルテンシアっ!
私は物心ついたときからほとんどずっとそばにいた精霊の存在の喪失に、完全に恐慌状態となっていた。
目の前の岩鳥はオルテンシアの風魔法によって瀕死となっていたが、いまだ息の根を止めるには至っていない。
けれど、身体は動かず、涙があふれてとまらない。
心の一部がもぎ取られたような喪失感に、狂いそうになる。
「ルチア、ほうけている、場合じゃないっ」
クラウディオの叱咤が聞こえた。
そうだ、せっかくのオルテンシアの努力を無駄にするつもり?
『ルチアなら大丈夫』そんなオルテンシアの声が聞こえた気がした。
私はすべきことを思い出す。
「解毒っ!」
なけなしの魔力を注ぎ込む。
風火地水のいずれでもない魔法は、精霊の力を借りることはできない。
ぐいぐいと魔力が魔法に吸われていく。
私は魔力切れ特有の気分の悪さとめまいに襲われた。息の苦しさも、暗くなる視界も、毒の所為なのか、魔力切れの症状なのかも、わからない。
それでも、みんなが助かるために、私はかまわず魔力を注ぎ込んで、魔法を発動させた。
ふわりとあたたかな風がみんなを包み込んだ。
一瞬にして身体から毒が消えたのがわかった。
これできっと、大丈夫。
「クラウディオ、ヴィート、……お願い」
「ルチアっ!」
クラウディオが岩鳥にとどめを刺す瞬間を視界の端にとらえた私は、安堵しつつまぶたを閉じた。




