冒険者ギルドに登録しよう
それ以上クラウディオは頑として口を開かなかった。
そうこうしているうちに、私は彼に手を引かれるままに足を進め、彼が泊まっている宿に着いていた。
月桂樹のような葉っぱと星の描かれた看板が掲げられている。
「ここ?」
「ああ」
クラウディオはためらうことなく、私を引きずるようにして宿の扉を開ける。
「おかえり」
宿の主人らしき中年の男性が、テーブルを拭いていた。
どうやら宿の一階は食堂になっているようだ。
布巾をテーブルの上に置いて、近づいて来る。
「ひとり、追加。だが、おなじ、部屋で、いい」
クラウディオは一方的に宿の主人に向かって宣言した。
主人は私の姿を見て、目を丸くしていたが、諦めたようにため息をもらした。
そのままカウンターの方に行き、何かを取って戻ってくる。
「ほらよ」
クラウディオは主人が投げてよこした部屋の鍵を受け取り、ずんずんと先に進んだ。
「クラウディオ……」
「遠慮は、不要だ」
や、遠慮じゃなくてね……。意外と強引な人だったんだね。
クラウディオは部屋に入ると、ようやく私の手を離した。
大人が三、四人ほど横になれそうなほど大きなベッドが目に入った。あとはソファとテーブル、チェストがあるくらいで、非常に機能的と言うかシンプルな部屋だった。
「意外と、広いね」
「まあな」
クラウディオはぽんぽんと無頓着に甲冑を脱ぎ捨てていく。
私は防具立てが部屋の隅にあるのを見つけて、無言で甲冑を拾い、片づけた。
「ふう」
上から順に甲冑を脱いだクラウディオは、鉄靴を脱いで、息をもらした。
「汗を、流して、くる。自由にして、かまわない」
クラウディオは後ろでひとまとめになっていた髪を解きつつ、部屋を出ていった。
どうやらお風呂は部屋の外にあるようだ。
流されるままに、クラウディオの部屋にお邪魔してしまった私は、特にすることもなく、背中の荷物をチェストの上に置く。
部屋にはほかに扉はなく、トイレなどは共同なのだろう。
私はとりあえずソファに腰を下ろすことにした。柔らかなソファに座ると、もう、立ち上がれる気がしなかった。
私は思ったよりも疲れていたらしい。
「なんだか、変なことになっちゃったな」
私は思わず独り言を漏らしていた。
世の中なにがあるかわからない。まさか、今日初めて出会った冒険者と宿に泊まることになろうとは、想像だにしていなかった。
「ふあぁ……」
なんだか、眠くてあくびが止まらない。
ごしごしと目をこする。
クラウディオが戻ってくる気配はまだない。
私は少しだけ横になって休むことにした。
ごそごそとブーツを脱いで、ソファの上で横になる。
ちょっと、だけ。
ぐぅ……。
私の意識はすぐに闇に包まれた。
「……おき……」
んー?
「かぜを、ひく……」
低く柔らかな声が、優しくたしなめる。
ねむ……い。
「むにゃぁ……」
笑ったような息が頬に当たった気がした。そのまま、ふわふわと身体が揺れる。
柔らかな布が肌にあたった。
温かくて、柔らかで、まるで母の腕の中にいるような安心感があった。
「……おやすみ」
「むにゅぅ……」
返事は声にならなかった。
「なっ!!!」
目覚めて、最初に目に入ったのは褐色の肌だった。
私は声にならない悲鳴を上げた。
なに、なに、なんなのー!?
私はちょっとしたパニックに陥っていた。
「まだ、早い。もう少し、寝ろ」
ぽんぽんと背中を撫でられて、柔らかな布がかけられる。
あったかーい。って、ちょっと待って。えっと、えっと、えっと?
あ、クラウディオだ!
ようやく自分の置かれた状況を思い出した私は、ようやく詰めていた息を吐いた。
どうやらちょっとだけ横になるつもりで、眠り込んでしまったらしい。
少しだけ顔を上げて、辺りを見回す。
窓に掛かったカーテンの隙間からは、明かりが漏れていないところを見ると、まだ明け方までには時間があるようだ。
すぐ隣で眠るクラウディオの褐色の肌が目に入った。
まさか、裸じゃないよね?
確かめるのが怖くて、私はそろそろとベッドの中で彼から距離を取った。
温かなベッドから出るのは気が進まないけれど、とりあえず、ベッドから出て落ち着こう。
クラウディオは眠っているみたいで、私がベッドから足を下ろしても動いていないみたいだ。
服を着たまま寝てしまったので、くしゃくしゃになっている。
グウゥ。
私のお腹が盛大な音を立てた。
私は音の発生源である自分のお腹を見下ろした。
そういえば、昨日はお昼に果物を食べてから何も食べていない。
どおりでお腹がすいているはずだ。
くすくすと笑う気配がして顔を上げると、クラウディオが上半身を起こして、おかしそうに笑っていた。
うん。大丈夫だった。
ちゃんとクラウディオは下着をはいていた。
「おはようございます?」
「おはよう。少し、早いが、飯にするか?」
グググゥ。
私のお腹が先に返事をした。
「ほら、これも、食べろ」
クラウディオはフルーツの乗った皿を私の方に押しやった。
「もう、お腹いっぱい」
私はもそもそとパンを口にしていた。
ずっと果物ばかり食べていたので、調理されたものを食べるのは久しぶりだった。たぶん、前世以来なんじゃないかな?
「そんなんじゃ、大きくなれないぞ?」
カウンターの向こう側で、宿の主人が苦笑している。
「ん……」
わかっているのだが、どうしても肉や脂のにおいが苦手なのだ。人間だったころは焼肉やステーキとか大好きだったのに、不思議なものだ。
そんなわけで、私はパンと、果物を搾ったジュース、フルーツを宿の食堂で頂いている。
食堂が混むにはまだ早い時間のようで、私とクラウディオぐらいしかいなかった。
絞りたてのジュースで口の中を潤し、私はようやく人心地ついた。
「もう、おなかいっぱいだから」
私はちょっとだけふくれて形の変わったおなかを、ぽんぽんとたたいた。
「遠慮は、要らないと、言ったよな?」
「してないよ。ほんとに大丈夫だから」
「なら、いいが」
クラウディオはまだ不満そうだけど、本当におなかがいっぱいなんだってば!
「じゃあ、ギルドに行くか」
「うん!」
ついに待望の冒険者ギルドだ。
これで、ようやく魔石をお金に交換してもらえるし、旅に必要な道具も買い揃えられる。
私の頬は知らぬ間に緩んでいく。
「俺は、ちょっと、部屋に、戻って、着替えて、くる」
「じゃあ、私はここで待ってるね」
「ああ」
クラウディオはいつもの甲冑に着替えてくるようだ。
ほとんど荷物のない私は、部屋から食堂に下りるときも、荷物を一緒に持ってきていたので、特に部屋に戻る必要はない。
「お嬢ちゃんは、冒険者になるのかい?」
カウンターの中で洗い物をしていた主人が、手を止めて近づいてきた。
「はい。クラウディオに今から連れて行ってもらって、登録しようと思ってます」
「そうかそうか。まあ、あの男はいいやつだ。任せておけば心配ない。それなら、お嬢ちゃんはしばらくこの街にいることになりそうだな?」
「そうなんですかね?」
私は首をかしげた。
特にこの街に腰を落ち着けるつもりはなかったのだが、そうしたほうがいいのだろうか?
ラウル叔父さんの住んでる街にも行くつもりだし、とりあえず冒険者になってから、今後の予定を考えるつもりだった。
「ギルドに行けば教えてもらえると思うが、最初は街でちょっとしたおつかいから依頼をこなしていくんだ。そうやって、冒険に必要なことを覚えて、それから旅に出るもんだ」
「そうなんですね……。うーん、どうしようかなぁ?」
「こんなことも知らないなんて、お嬢ちゃんはよっぽどの田舎から来たんだな」
この人、結構遠慮がないな。まあ、あたってるけどさ。
あからさまに田舎者扱いされると、ちょっと気分が悪い。
「北のマリーニ山脈の麓の村です」
「そりゃ、遠いな! まあ、うちは冒険者向けの宿だ。お嬢ちゃんが冒険者になるなら、安くしておくよ。夜はちょっとうるさいかも知れないがな。はは」
宿の主人はそう言うと、再び洗い物に専念した。
確かに、いつまでもクラウディオのお世話になるわけにはいかないだろう。
そんなことを考えていると、甲冑姿のクラウディオが部屋から下りてきた。
クラウディオは主人に部屋の鍵を預けると、私に近づいた。
「待たせたな。行こう」
「はい。ご主人、ありがとうございました」
私は宿の主人に向かって軽く頭を下げて、宿を出た。
「おう、またのご利用を!」
私は昨日通り過ぎた、盾と剣を象った紋章のある建物の前に到着する。
朝早くだというのに、人の出入りはかなり多くて、にぎわっていた。
クラウディオは慣れた様子で建物の中に入っていく。
私もあわてて彼の後を追った。
今日も手をつなごうとするクラウディオに、さすがに昨日のように町並みに見とれて足が進まないことはないからと、固辞して一人で歩かせてもらった。
剣や槍、斧や弓など、さまざまな武器を持った冒険者たちで内部はごった返していた。
特に混んでいるのは大きな掲示板のある場所で、何枚もの紙が張り出されている。
「ルチア、こっちだ」
少し先で、クラウディオが私に向かって手招きしている。
私は掲示板の様子に気を引かれつつも、クラウディオの元へ急いだ。
「ここで、登録、できる」
クラウディオが示した先には、受付らしきカウンターがあり、おじさんが座っている。
「冒険者登録だね?」
おじさんが浮かべた柔らかな笑みに勇気づけられ、私はうなずいてカウンターの前に立った。
くうっ。背が低くて、カウンターの向こう側のおじさんの顔が見えない。
おじさんはすぐにそのことに気付いたのか、さっと立ち上がり、カウンターの向こう側から、こちらに回ってきた。
「これを使うといい」
おじさんは小さな踏み台を私の足元においてくれた。
少々屈辱を感じないでもないが、私の身長が低いのは紛れもない事実だから、仕方ない。
すぐに大きくなるんだからね!
「ありがとう、ございます」
私が踏み台の上に乗って、カウンターの上に顔が出るのを確認したおじさんは、生暖かい目で私を見つめてからカウンターの向こう側に戻っていった。
「冒険者登録をお願いします」
「まずはギルドの説明と、ここでできることの説明は必要かい?」
「お願いします」
私はおじさんに向かって軽く頭を下げた。
「冒険者ギルドとは、本質的に魔物に対抗するための組織だ。魔物に国境などはないから、必然的にギルドも国家を超えた組織になる。魔物に対抗するために付随する目的として、冒険者の情報を登録、管理し、魔物の情報を収集したりしている。このような努力があって、日々発生する魔物に対応できる人材を必要なときに必要なところへ紹介することができるんだ。ここまではわかるかい?」
私は無言でうなずいた。
「ギルドに冒険者として登録すると、魔物が大発生したときなどの非常時には召集されることがあって、召集に応じなければいけなくなる。その代わりに、魔物の情報を得たり、魔物を倒して得た魔石を換金したり、探索を紹介してもらうことができる」
冒険者ギルドって派遣会社とかハローワークみたいな感じかな?
「ほとんどの冒険者はこの探索と魔石の換金が目当てだね」
「ほかの場所では換金できないんですか?」
「まあ、できないこともないが、国によっては犯罪になる。ザッフィーロでは犯罪だね」
犯罪は、ダメ、ぜったい。
「あとはギルドランクについて説明すれば、説明は終わりだから、がんばって」
「はい」
「ここには、ギルドランクというのがある。このギルドランクによって、受けられるクエストのランクも決まってくる。みんな最初は若葉ランクからだよ。若葉が受けられるのは、自分のギルドランクと同じ若葉のクエストだ。昇級するには試験があって、受かると星が一つになる。星がついたらようやく冒険者としての始まりってとこだね。あとは、ランクに応じたクエストをこなしたり、試験を受けたりすれば昇級することができる。これが星ひとつから五つまである。あとは特級というのもあるけれど、特別に認められた者だけだから今は説明しなくてもいいだろう」
説明が多くてよくわからないけど、ある程度は力でふるい分けされているということかな。
「もしわからなくなったら、この手引きを読んでおけばいいよ」
と、おじさんは薄い冊子を私に差し出した。
うーん、まだ字は読めないけど、一応もらっておこう。
私はもらった冊子を背中の荷物に押し込んだ。
「じゃあ、納得したら、この書類に必要なことを書いてね」
羊皮紙のようなちょっと分厚い紙と、羽ペンが手渡された。
「えっと、私、字が書けません」
戦いの修行ばかりじゃなくて、ちゃんと勉強もしておけばよかったと後悔しても遅い。
「じゃあ、私が代わりに書くよ?」
おじさんはにこにこと嫌がりもせずに、私の手から羽ペンを取り上げた。
「はい。お願いします」
「まずは、名前だ」
「ルチア」
「ふうむ。年齢は?」
「十五歳です」
おじさんは一瞬目を見張ったが、何も言わずに書類に文字を書き込んでいく。
「女の子……でいいね?」
「はい」
「あとは種族なんだが……、もしわからない場合は人として登録しておくことになっているんだ。混血の場合はどれか一つでもいいし、すべての種族を登録してもいい。どうする?」
ふうむ。まあ、ここは予定通り竜人でいこう。
「竜人で、お願いします」
「ふうむ。やはりな」
おじさんはあごを撫でながらうなずいていた。




