冒険者ギルドに行きたい
「その……、冒険者ギルドって、どんなところなんですか?」
私がおずおずとクラウディオに尋ねると、彼は肩をすくめた。
「話が、長く、なりそうだ。歩きながらで、いいか?」
「はい」
私は一も二もなくうなずいた。
まずは魔法で倒した角兎から、魔石を回収する。魔石は倒した三匹のうちの一匹にしかなかったが、どんな魔物からでも採集できるわけでもない。
私は背中の荷物をきちんと背負いなおして、クラウディオと共に歩き始めた。
クラウディオと私が今目指しているのは、ザッフィーロ国のヴェルディという北部の街らしい。
「ヴェルディの、街を、知らない、なんて、あんたは、どこから、来たんだ?」
「えっと……」
私は自分がドラゴンであることを隠しておくつもりだった。
父や母とも、人の住む場所に行くのならば、けっしてドラゴンだと知られてはいけないと、種族を隠すことを約束したのだ。
ドラゴンハンターに素材として狙われるのはまっぴらだし。
「私はここからずっと北の山のふもとで育ちました」
「北の、山というと、マリーニ山脈の、辺りか?」
私が人の世界に行くにあたって、あまり不自然ではないように素性を考えていたのだが、にわかに自信がなくなってくる。
しかも、あの辺の山がマリーニ山脈って呼ばれているなんて、初めて知ったよ。
「そうです。モリーニの町の近くで……」
私は森人の町の名前を告げる。
「そうか……」
しばらく無言のまま歩いた。
「そんなに、小さいのに、旅に出るとは、なにか、深いわけが、あるのだな」
「え、ちょ、小さい?」
私は驚いてクラウディオの顔を見上げた。
彼は私のことを、いったい何歳だと思っているのだろう。
「私、小さくなんてないよ?」
「どう見ても、十には、届いていない、ように、見えるが……」
「十五歳です」
「む……」
クラウディオは少し後ろめたそうに視線を逸らした。
「えっと、冒険者ギルドについて、だったな……」
「はい」
どうも、クラウディオさんと話していると調子が狂う。ゆっくりとした話し方がうつってしまいそうだ。
「名前、性別、年齢、種族を登録すると、ギルド証が、もらえる」
クラウディオは、首元をごそごそと探って、鎖がついたプレートを取り出した。
「見てみろ」
銀色の板に、文字が刻まれている。
文字と星のマークが三つ刻まれている。
やばい、やばい、やばい。私、文字が読めない!!!!
あんまりにも文字とは縁遠い生活をしていたせいで、文字の勉強するのを忘れていた。
だって、ドラゴンは文字がなくても生活できるし!
「ごめん……。読めない」
私はしょんぼりとプレートをクラウディオに返した。
「これが、ギルドランク」
クラウディオはプレートの星を指す。
「登録した、ばかりだと、若葉。試験があって、星になる。ひとつから、五つまで」
えっと、ギルドランクは若葉から星五つまであって、試験に合格すると増えるってことか。じゃあ、星一つだと初級で、五つなら上級ってところかな?
星三つのクラウディオは中級ということになる。
「ここが、年齢。二十二」
ごめん、クラウディオ。もっと年上だと思ってた。
「種別は、人。性別は、男。名前は、クラウディオ、だな」
私はプレートに刻まれている文字をそっとなぞった。
よし。街についたら文字の勉強をするんだ。
「見せてくれて、ありがとう……」
「ああ」
クラウディオは甲冑の中にプレートをしまう。
「なくても、冒険はできる、が、魔石の、買取りを、してくれるのは、ギルドだけだ」
なるほど。
「あとは、直接、ギルドで、教えてもらえば、いい」
「いろいろと、教えてくれてありがとう」
クラウディオはなんだかちょっと疲れて見えた。
「これも、冒険者の、務めだ。それより、日が、暮れるまでには、ヴェルディに、着きたい。急ぐぞ」
「はいっ。クラウディオ」
私は彼の好意に甘えて、ヴェルディの街に向かって進む足を早めた。
どうやらクラウディオは元来、無口な性格らしく、ヴェルディの街に向かう道すがら、ほとんど話しかけてくることはなかった。
けれど、私が話しかければ、きちんと答えてくれる。
とても優しくていい人だ。
最初に出会った人が、クラウディオでよかった。
不意に、クラウディオが足を止め、背中に背負っていた斧を手に取った。
「あれと、戦って、みるか?」
クラウディオが示した先には、スライムのような可愛らしい魔物が、飛び跳ねている。色は派手な蛍光イエローでとても目立っている。
これこそ、冒険者が最初に出会うべき魔物ではないだろうか。
「うん」
私の気力はみなぎっている。
「焼き払え。失敗したら、俺がやる。落ち着いて、やれば、できる。恐れるな」
「わかった」
私はクラウディオの言葉に従って、精神を研ぎ澄ませる。
深緋、ファイアボール!
私は右手をスライムに向けて突き出した。
手のひらから生まれたファイアボールは、まっすぐにスライムに向かって飛んで行く。
じゅうっと焼ける音がして、スライムが小さくなっていく。
やっぱり身体のほとんどが水分なんだろうな。
「上出来だ」
「ありがとう」
斧を背中にしまったクラウディオは、私の頭をぐりぐりと撫でてくれた。
ごつごつとした小手の金属の感触が地味に痛い。
クラウディオさんや、私の事、完全に子ども扱いしてない? と、思ったけれど、口にするのはやめておいた。
沈黙は金なり、だったかな? 雄弁は銀、あれ、どっちがいいんだっけ?
案の定、スライムの残骸から魔石は見つからなかった。
そんな感じで、私とクラウディオは魔物を倒す練習をしつつ、ヴェルディの街に向かって進んだ。
街に近づくにつれて、人の姿が多くみられるようになっていた。
ほとんどが純粋な人ばかりで、空人や、獣人の姿も見当たらない。
空人とは翼を持つ種族のことだ。かなり鳥っぽい外見なので、見ればすぐにわかると以前母に教えてもらった。
獣人は、その名の通り獣の血を引く種族だ。犬とか猫とか種類が多くて、かなり多種多様な外見をもっているそうだ。
私はたぶん竜人に見えていると思うんだけど、結構周囲からの視線を感じてしまう。
竜人は見かけていないから、珍しいんだと思う。
さて、どうにか日が暮れる前に、ヴェルディの街の門をくぐることができた。ヴェルディの街は、周囲をぐるりと丸太の壁で囲まれていた。
森人の住むモリーニの町ともちょっと雰囲気が違っていて、興味深い。
私たちが門をくぐると、背後で跳ね上げ式の丸太でできた扉が、大きな音をたてて閉まった。
馬車が行き交うことのできるだけの広い道が、うねうねと奥の方に続いている。
なにもかもが目新しくて、つい見とれてしまう。
きょろきょろ周囲を見回してばかりの私に、しびれを切らしたクラウディオが私の手をつかんで歩き始めた。
「こっちだ」
クラウディオに引きずられるようにして、私は街のなかを歩き出した。
クラウディオは店の前を通りかかると、言葉少なに説明してくれた。
「ここは、武器屋」
武器っぽい絵のついた看板がかかっている。うん、わかりやすくていいね。
「ここは、酒場。酒が飲める、が、情報交換とかも、できる」
「ふんふん」
酒樽の絵がついた看板の前をクラウディオは足早に通り過ぎる。
「あんたには、まだ、早い」
こう見えても十五だよ? ちゃんと成竜してるし、大丈夫だと思うんだけど。
クラウディオは不満げな私を無視して、ぐいぐいと進んでいく。
そうして、大きな三階建ての建物の前で足を止めた。
木造で三階建てって、すごいな。
入り口の大きな扉の両脇には、かがり火が焚かれていて、煌々とあたりを照らしている。
扉の上には、盾と剣を象った紋章が掲げられていた。
「ここが、冒険者ギルドだ。だけど、今日は、もう、遅い。宿に、泊まって、明日、登録したら、いい」
「えぇ? ここまで来ておいて? 明かりだってついてるし、まだ大丈夫なんじゃ?」
「夜は、ガラの、悪いやつが、多い。明日に、しておけ」
「でも私、お金持ってないから宿には泊まれない。魔石なら、いくつか持ってるから、早めにギルドで換金してもらった方がいいと思うんだけど……」
「心配は、無用だ。俺の、部屋に、泊めてやる」
「はあっ?」
思いもかけない申し出に、私はすっとんきょうな声を上げた。
「ベッドは、一つだが、大きい。あんたくらいは、余裕だ」
「いや、待って? 私、これでも女の子だよ?」
「問題ない。俺の、守備範囲は、十八歳以上だ。それに、あんたは、十歳くらいにしか、見えない」
「っぐ……」
別にクラウディオが不埒なことをするとは、微塵も思ってない。お金のない私にとっては、非常にありがたい申し出だが、いくら何でもそこまでお世話になることはできない。
この街に着くまでも、散々世話になったのだ。
「どうして、こんなに良くしてくれるの? クラウディオにとって、何の利益もないでしょう?」
「そんな、ことは、ない。そのうち、頼みたい、ことが、ある」
「頼みたいことって?」
「そのうち、言う」




