助けてもらいました
「ぎゃー!」
私は叫び声をあげながら全力で道を走っていた。
後ろを追いかけてくるのは、角兎の群れだ。
どうして私が角兎たちに追われる羽目になっているかというと、話は昼食時にまでさかのぼる。
太陽が真上に差し掛かり、歩き続けで疲れていたこともあり、私は昼食をとることにした。
道端の岩に腰を下ろして、荷物から果物を取り出す。
荷物に入れてきたのはアランチャというオレンジに似た果物だ。味はちょっと酸っぱくて、レモンに近い。
別に果物しか食べられないわけではないけれど、やはり幼い頃からの主食なので一番おいしく感じる。
私はアランチャの実をかじった。
「すっぱーいぃ」
あまりの酸っぱさに私はぶるりと震えた。
はずれだったのかもしれない。
アランチャの実を地面に捨てて、新しい実を荷物から取り出す。
「ん……」
今度は酸味と共に甘さが感じられた。
あっという間に一つを食べ終えて、近くの川で手をすすごうと立ち上がった瞬間、がさりと茂みの中で音がして、真っ赤な瞳と視線が合った。
角兎!
目が赤くなっているということは、すでに攻撃態勢に入っている。
私はとっさにドラゴンブレスを吐こうとして、咳き込んだ。
「げほっ」
あ、私いまドラゴンじゃない。
人の姿で戦ったことがなかったから、完全に忘れていた。
え、えっと。こういうときは……!
「逃げろ!」
炎の精霊であるレオネの声に、私の足は弾かれたように動き、横に飛び退く。
角兎がいままで私が立っていた場所に、頭の角から突っ込むように突進してくる。
「ひぃっ!」
私は角兎に背を向けて一目散に駆け出した。
「ルチア、攻撃しろ!」
レオネの叫びに、ようやく攻撃すればよいのだと気付く。
えっと、深緋、ファイアボール!
炎の精霊の真名と、発動する魔法の名前を心の中で叫ぶ。
頭ほどの大きさの炎が角兎を目掛けて飛んでいく。
私はファイアボールが角兎に命中したのかを確認する余裕もない。
後ろを振り返って、角兎の姿がないことにほっとして、足を止める。
「ふうっ」
なんと情けないことだろうか。
最強といわれるはずのドラゴンが、たった一匹の角兎にてこずっているとは。
とぼとぼと、食事をしていた岩のところに戻る途中で、焼け焦げた角兎の残骸を見つけた。
ぶすぶすと煙を上げる残骸の中に、きらりと光るものがある。
せっかく倒したのだから、有効活用しなければもったいない。
私は腰につけていた小さなナイフを取り出して、小さな魔石を取り上げた。
青藍、ウォッシュ!
水の精霊に水を出して魔石の汚れを落としてもらい、同じく腰につけている袋に魔石をしまう。
私がホクホクしながら岩のところへ戻り、地面の上に落ちていた荷物を拾ったときだった。
ん?
がさがさと茂みから再び音がする。
「キュイーッ」
角兎の群れが現れた。五匹ほどはいるだろうか。先ほど倒した角兎同様に、目が真っ赤になっている。
深緋、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール!
今度はあわてずに魔法を発動できたのだが、角兎によけられてしまう。
うそっ!
私は再び角兎に追いかけられて、逃げる羽目になっていた。
「きゃああー」
今度は荷物を持ったまま逃げる。
とにかくここから離れたほうがよさそうだ。
もしかしたら、さっきの岩のあたりに角兎の巣があるのかもしれない。
私なりに全速力で走っているのだが、すぐにも追いつかれてしまいそうだ。
ドラゴンなのに、角兎に追いかけられて逃げるなんて、恥ずかしすぎる。
私は覚悟を決めて、追いかけてくる角兎に向き直った。
あとを追ってきた角兎は四匹だ。
こうなったら、数で勝負だ!
青藍、ウォーターフロー!
翡翠、ウィンドカッター!
深緋、ファイアボール!
私は立て続けに魔法を放った。
いずれも初級魔法で、それほど威力はないけれど角兎くらいならば、倒せる……、はず。
三匹それぞれに魔法が命中して、命を奪う。
だが、角兎はまだ一匹残っている。
深緋……。あ、やばい。
目の前が暗くなってくる。
角兎を前にして、私は座り込んだ。
完全に魔力切れの症状を起こしていた。
こうなってしまったら、魔力が回復するまで待つしかない。けれど、めまいがして立ち上がれない。
そして、角兎を攻撃するための武器もない。
あ、つんだ。
こうなったらあとはドラゴンの姿に戻るくらいしか手がない。人の姿では無理だが、ドラゴンの皮膚ならば少なくとも角兎の攻撃ぐらいでは傷はつかないはずだ。
もう、これしか、ない?
私が呆然と突進してくる角兎の姿を見ていると、大きな人影が前に立ちふさがった。
角兎目掛けて、背中に担いでいた大きな斧を振り下ろす。
かなり重いはずの斧を易々と操って、男は角兎を一刀両断にする。
私はただ男が角兎を倒す瞬間をあっけに取られながら見ていた。
黒色の甲冑に身をつつんだ戦士が、倒した角兎に近づいた。
頭部は黒色のヘルムに覆われていて、顔は見えない。
角兎が完全に死んでいることを確認したのだろう。男は立ち上がり、座り込んだままの私に近づいた。
「無事か?」
低くこもった声に、私は無言のままうなずいた。
どうやら助かったのだという実感がじわじわと沸きあがった。
「あの、ありがとうございました」
私は戦士の手を借りてどうにか立ち上がり、深々と頭を下げた。
「間に合ったのなら、よかった」
戦士は被っていたヘルムの前面を跳ね上げて、顔を見せる。
つま先から指の先までしっかりと甲冑に覆われていたせいで気づかなかったが、ヘルムの下から現れたのは、褐色の肌だった。
鼻筋はすっきりと通っていてちょっと厳つい印象の顔だちで、紺色の髪がヘルムの隙間からわずかに覗いている。
何よりも目を奪われたのは炎にも似た真っ赤な瞳だ。
その瞳は私に父の火竜の鱗を思い起こさせて、一瞬見惚れる。
「杖は?」
「え?」
突然の青年からの声に、私はわけがわからず問い返す。
「あんたは、魔法使い、だろう?」
ゆっくりとした男の問いかけに、私は少し考えこむ。
あのタイミングで助けてくれたのだから、私が魔法を使う所は彼も見ているはずだ。
別に魔法が得意と言うわけではないけれど、下手というわけでもない……はず。この人間の姿ではドラゴンの時ほど力もないので、魔法が使えるというのは間違いではないだろう。
「はい」
「なぜ、杖を、持っていない?」
杖? 魔法を使うのに、杖なんて必要?
と、考えかけてハタと気づく。そういえば、前世で読んだファンタジーの中に出てくる魔法使いというものは、大抵杖を持っていなかっただろうか?
もしかして、杖なしで魔法を使うのって、変なの?
「えっと、その、変……ですか?」
「……ああ」
彼の返事に私の顔はさっと青ざめた。
「少なくとも、俺は、他に、見たことが、ない」
ああ、やっぱり。そんな気がしていたけれど、普通の人間が魔法を使う時には杖を使うのか。杖ってどこで手に入れられるのだろう?
「どこに行けば、杖が手に入りますか?」
私は名も知らぬ青年に思わず詰め寄った。
私の勢いに青年は一瞬たじろいだように見えた。
「大きな街の、武器屋なら、扱っている、だろう」
なるほど。なければ買えばいいのか。
杖が買えるものでよかった。
私はほっと息を吐いた。
自分で作らなければならないものだったら、きっと私には無理だ。
「助けていただいて、本当にありがとうございました」
私はもう一度青年に向かって頭を下げた。
「まあ、これも、何かの、縁だろう。冒険者は、助け合う、もんだ」
「お兄さんは、冒険者なんですか?」
私は憧れの存在を前にして、興奮を隠せなかった。
こんな時、私はファンタジーな世界に生まれたことに感謝せずにはいられない。
ゲームや映画の中だけでした見たことのなかった世界を自分が旅しているのだと思うと、どうしてもテンションが上がってくる。
「ああ。見てのとおり、旅の戦士だ。俺のことは、クラウディオと呼んでくれ」
青年、改め、クラウディオは右手で拳を作って左胸にあてる仕草をしている。
何かの合図なんだろうか?
「すみません、名乗りもせずに。私はルチアです」
私は慌ててクラウディオに向かって名乗る。
「それで、クラウディオさんは、本当に冒険者なんですね。どうやったら冒険者になれますか? 資格とか必要ですか? どこへ行けば冒険者になれます?」
私は間を置かずにクラウディオを質問攻めにする。
びっくりしている彼の表情に、私は失敗してしまったことを悟った。
「あんた、ちょっと、落ち着け」
「……はい」
私はしゅんとしおれた。
「落ち着いて、あんたが聞きたいことを、聞けばいい」
クラウディオは厳つい顔に微笑みをうかべた。
私はその笑顔に勇気づけられるようにして、口を開いていた。
「……私は世界中を冒険したくて、家を出てきました。私はとても、辺境の土地で生まれました。世界はとても狭くて、ずっと冒険に憧れてきたんです。私の願いがとても厚かましいことだとわかっています。でも……、クラウディオさん。どうか私に冒険者になる方法を教えてください」
「クラウディオでいい。俺も、ちょうど、街に戻る、ところだ。冒険者ギルドに、登録すれば、いい」
冒険者ギルド!? って、やっぱりあるんだ!




