成竜しました
いよいよ旅立つときが来た。
私の目じりにある鱗がうっすらと赤く染まったのだ。
ドラゴンは成竜になると目じりの鱗の色が変わるらしい。
残念ながらドラゴンとしての身体はそれほど大きくならなかったけどね。
たぶん、まだ成長する……はず。
兄のマウロはもう十年ほども昔に成竜になって巣立っていった。次兄のティートもその数年後には巣立ってしまい、私には遊び相手がいなくなってしまった。
けれどそんなことも気にする暇もないほど、私は修行に明け暮れた。そのおかげで、魔力切れもめったに起こさなくなった。
あとは人間の姿も五歳くらいだったのが、十歳くらいに成長した。
成長するって本当に素晴らしい。
巣立ちの日を迎え、気力がみなぎっている私を母が心配そうに眉根を寄せながら見つめている。
「ルチア、本当に行ってしまうの?」
私が生まれてから十年くらいは経っているはずなのに母が年を取る気配は微塵もない。
ドラゴンの寿命は六百年くらいあるらしいので、これくらいでは見掛けは変わらないか。
「私だって、成竜だもの。ずっとここにはいられないよ」
成竜したのに、ずっと両親の庇護の下で暮らすのはドラゴンとしてとても恥ずかしいことだ。
というのは建前で、本音はようやく冒険の旅に出ることができるのだと、わくわくしている。
「どうしても人の町に行くというのなら、まずはラウルのところを訪ねるんだ。きっと助けになってくれる」
「うん、ありがとう。お父さん」
結局、これまで父が人の姿に変身するところは見ないままだった。
一度くらいは見たかったな。
母は、たまに森人の町へ行ったときに変身するのを見るけれど。母はオルテンシアと一緒になって服を選ぶのに夢中になっていた。
着せ替え人形にされたのはちょっぴり苦い思い出だ。
「たまには帰ってきてね」
「うん。もちろんだよ」
兄たちが里帰りしたのはこの十年で二回くらいだ。新しい土地で楽しく暮らしているらしい。
確かに魔物さえ狩っていれば、森人や竜人に食料と交換してもらえるし、ドラゴンにとっては楽な仕事だ。森に自生している果物を食べてもいいしね。
とりあえず、ラウル叔父さんの住んでいる南のほうのザッフィーロという国に向かうつもりだ。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「気をつけるのよ!」
着替えや食料、魔石などが入った入った麻袋を背負って、私は白い翼を大きく羽ばたかせた。
上昇気流をとらえて、私は一気に上空へ飛翔する。
ザッフィーロまで人の姿で移動するのは時間がかかりすぎる。
人が少ない場所はドラゴンの姿で飛んで移動し、人が多くなる町の手前で人の姿になってから入国する予定。
育った大樹の上空で二回ほど旋回してから、進路を南にとる。
慣れ親しんだ景色が眼下を通り過ぎて、次第に見慣れない風景に変わっていく。
私は興奮のあまりドラゴンブレスを吐き出してしまった。
上空に向かって青白い炎をごおっと吹き付ける。
兄たちに比べると小さいけれど、角猪くらいの魔物なら倒せるんだから。
「ルチア、自重して」
風の精霊オルテンシアが私をたしなめる。
「はーい」
オルテンシアもずいぶんと私の魔力を糧として成長した。見た目はほとんど変わらないけれど、魔法の威力は倍ぐらいにはなっている。
確かに私の唯一の攻撃手段と言っても過言ではないドラゴンブレスを、こんなところで無駄に使うのはよくない。
「オル、ちょっとだけ手伝って」
「承知」
オルテンシアがにっこり笑うと、翼がふっと軽くなった。
風の補助を得た私は翼をさらに力強く羽ばたかせて、飛行速度を上げ、山岳地帯を一気に抜けた。
なだらかな丘陵や小さな森が眼下に広がり、ぽつりぽつりと農村のような集落も見かけるようになる。
整備された道が視界に入ってきたので、私はこれ以上の飛行での移動を断念した。ドラゴンの姿で進めば、目撃されてしまう危険が高くなる。
「オル、そろそろ降りるね」
「了解っ」
翼への補助魔法がなくなり、一気に翼が重く感じられる。
私は慎重に道から少し外れた場所に着地した。
小さな泉があって、そのほとりにちょうど身長よりも少し高いくらいの岩があったので、その後ろへと身を隠す。
背中から荷物の入った袋を下ろして、あたりに人の気配がないことを確認する。
おっけー。大丈夫!
私は一瞬で人の姿に変身した。
袋から着替えを取り出して、すばやく身に着けていく。かぼちゃパンツを履いて、ショートパンツを履く。薄い丸首のシャツのような下着をかぶる。
まったく、いつになったら胸が成長するんだろうか。
私は相変わらず絶壁に近い胸を見下ろした。
成竜になったから、成長しないなんてことはないよね?
ちょっと不安に思いつつも、ちょっとふりふりのついたシャツに袖を通し、すその長いローブを被った。
太ももくらいまでのロングブーツを履いて、着替えは完了だ。
私は荷物から小さな手鏡を取り出し、きちんと変身できているのか確認した。
大きなアメジストとエメラルドの瞳が鏡の中に映っている。耳は少々とがっているけれど、竜人に見える程度で、角はなし!
手もちゃんと人間の手だ。
ふと泉に映る背中にあるものをみつけて、私はあわてた。
ドラゴンのものよりはかなり細いけれど、白い鱗でびっしりと覆われた尻尾がローブの裾からのぞいている!
尻尾を消そうと念じてみるけれど、なぜだか消えてくれない。
「どうしよう……」
「別にいいんじゃない?」
水の精霊ビオラが泉の水面から顔を覗かせた。
「ビオラ! どうしたの? 呼んでないよね?」
「うん。でも困っているみたいだったから……」
ビオラはぱしゃりと泉の中で身体をひるがえし、水しぶきを上げた。
「ルチア、ちょっと緊張しているんじゃない?」
「……かも」
森人には会ったことがあるけれど、ほかの種族にはまだ会ったことがない。期待と不安が入り混じっていて、心臓の鼓動もいつもよりちょっと早めだ。
「まあ、慣れたらきっと大丈夫よ」
「……だね!」
ビオラに励ましてもらったおかげで、少し元気が出た。
まあ、変身できないものは仕方がない。
「ま、いいか!」
私は背中に荷物を背負いなおして、道に向かって歩き始めた。
いざ、ザッフィーロへ!




