eleven
「とりあえず、そろそろイリスがやってくるから。……事情が余計にややこしくなったわね」
辺りをざっと見渡して、大所帯になった今の状況に軽くため息をはいた。
イリスになんて説明をすればいいのか。
思い悩んでいると、場の空気を読む男アルーシャが。
一つの提案を持ちかける。
「なんなら、俺らは街をぶらついとくけど?色々把握しときたいしな」
「あたしとデートしてくれるの?」
「そんな事実を作るくらいなら、俺は自ら火にまみれて死んでやる」
「火あぶり!?」
「冗談はさておき。あなた様のお邪魔にならぬよう、我々は外に出てまいります。頃合いになりましたら、戻ってきます」
「ありがとう、ヴィルフリート。あなたは気づかいが出来る優しい人なのね」
ミラーヌとヴィルフリートは、互いに向き合い。
なんだかいいムードを作り上げていた。
邪魔が出来そうにない、結界でも張られているがごとく。
アルーシャたちの存在を、抹消しかねない勢いだった。
「おーい?ミラ?俺が最初に気を使ったんだけどな〜」
「あら、アルーシャいたの?」
「俺の存在を丸無視!!?しかも最初の気づかいすら無かったことになってる!!!」
「あなたはエメラと、デートでもなんでもしてきたら?ヴィルフリートは別に、いてくれても構わないのだけれど」
「ミラ〜!なんかますます毒舌に磨きがかかってないか?」
「気のせいよ」
そう言いつつも、アルーシャに対するミラーヌの態度はかなり冷たい。
チャンスとばかりに、エメラはアルーシャに再び抱きつき。
見ている側が暑苦しく感じるほど、密着度が激しい。
そうなると、さらにミラーヌからの絶対零度の視線が突き刺さり……。
アルーシャは、生きた心地がしなかった。
「……ま、俺たちは出かけてくるさ」
「そうそう!こんな辛気くさいところにいつまでもいないで、早く出かけましょうよぅ〜!!」
「本気でしばらく黙ってろ。でないと、真っ裸にして国のど真ん中に晒すぞ」
笑顔のまま、低い声でアルーシャにそう言われ。
さすがのエメラも口をとじる。
大人しくヴィルフリートの側に行き、アルーシャはミラーヌの側に向かった。
「ミラ」
「…………わかっているわよ。あなたはそんなに素敵な人なんだから、モテまくっていることくらい知ってたわ」
誰の目から見ても、魅力的な人なのだ。
それを、ご主人様に選ばれたからといって。
ミラーヌ一人が、独り占めに出来るはずがない。
それはミラーヌ自身が、よくわかっていたことだった。
「俺のご主人様は、ミラだ」
「アルーシャ……」
「お前の願いを叶える為に、お前の為に俺は存在してる。だから他の女なんて、目に入らない。――――男なんて論外だ」
エメラが叫びそうになったが、ヴィルフリートが手で制し静けさは保たれる。
ミラーヌの手を掴み、その顔が間近に迫る時。
恥ずかしさのあまりうつむいた。
「わかったからっ……!!」
「何が?」
「あなたが意外にも、一途な人ということは。よくわかったから!だから離れて……」
「えー……?どれだけ俺のことわかってくれたから、ミラのその唇で。言葉で。俺に教えてくれよ――――」
「そこまでだ」
目の前に広がった光景に、ミラーヌは思わず目を剥いた。
ヴィルフリートが、片手で一本脚の丸テーブルを持ち上げたと思えば。
それを思いきり、アルーシャに向かって落としたのだ。
「げふおぉぉ!!!??」
「ちょっと!!さすがにアルーシャが死んじゃうわよ!!!」
「簡単に死ぬような奴じゃない」
頭が割れたのではないかと思うほど、アルーシャの頭のてっぺんはへこみ。
床に勢いよく倒れこむ。
ヴィルフリートに腕を伸ばし、なにか呻き声を上げながら。
ガクッと意識が落ちた。
「これで静かになった。私たちは外に出かけます」
アルーシャを肩に担ぎ上げ、エメラも後に続く。
開かれた店の扉は閉まり、ミラーヌ一人となった。
「だ、大丈夫かしら……?」
あまりの早い流れについていけず、茫然としていると。
外からイリスの声が聞こえた。
「イリス」
「来たわよ〜!お土産のお菓子付きっ」
バスケットを手に、眩しい笑顔のおまけ付きのイリスがやってきた。
甘い香りが漂って、ミラーヌの食欲を誘った。
「長期戦を覚悟して〜たくさんお菓子を用意してきたわよ〜!」
「わっ、ハニークッキーにチョコマフィン、それにフルーツパウンドケーキ!!私の好きな物ばかり!」
「好きな物、というか。あなたはうちの店のお菓子は、みんな好きじゃない〜!」
「そうだけれど、こんなにたくさんのお菓子を一度に食べることが出来るなんて……!!」
まさに恍惚の表情で、お菓子を見つめていた。
イリスを奥のテーブルに案内して、自分は急いでお茶の支度を調える。
イリスが持ってきたお菓子を取り分けて、話に花を咲かせた。
「――――と、いうわけなのだけれど。信じてくれる?」
イリスに嘘は通じない。
ミラーヌが正直過ぎるというか、わかりやすいというか。
とにかく、今まではイリスに嘘を押し通そうとしても無駄に終わって。
そのたびに、ミラーヌは正直に全てを打ち明けてきた。
「信じるわよ〜」
「本当!?」
正直に打ち明けてはみたものの。
あまりにも、現実味のない話だったから。
いくらイリスでも、信じないと思っていたのに。
こんなにアッサリと、信じると言ってくれたことに。
嬉しいやら、拍子抜けしたやらで。
なんだか複雑な心境だった。
「ミラーヌは、冗談だとしても私にはつまらない嘘はつかないでしょう〜?」
「もちろんよ!」
「なら、信じるわよ〜」
ニコニコと、ヒマワリのような笑顔で。
信じると、そう言ってくれるイリスに。
ミラーヌは、心の底から感謝した。
「……ということは、しばらくはあの人と一緒に暮らすってこと?」
「アルーシャだけじゃないの、あと二人いるのよ」
「また増えたの!?……心配ねぇ〜」
「大丈夫よ!アルーシャが何かしそうになったら、ヴィルフリートが止めてくれるもの」
「つまりすでに、アルーシャって人に何かされたのね〜?」
ミラーヌは墓穴を掘った。
言わなければ、もしかしたらバレなかったかもしれないのに。
恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしてうつ向いてしまう。
すると、カタカタと鳴る音に気づいて顔を上げると。
イリスが、それはそれは恐ろしい形相で負のオーラを放出させていた。
「……一度じっくり、そのアルーシャって人とお話してみたいな〜」
「えっ?!でも、もう会ってるわよね?」
「じっくり!話したいことがあるの。だめかな……?」
なんだか、断れない雰囲気になってしまっていたので。
そこは素直に頷いておいた。
背筋がぞわぞわってなって、アルーシャのことが気がかりで仕方なくなった感じではあるけれど。
イリスに逆らってはなりませぬ。
知り合った時からの、ミラーヌの心の家訓一箇条だった。
「良かった!さあ、食べよう食べよう!冷めても美味しいのが、うちの店の自慢だけど〜。やっぱり、熱いうちの方が美味しいからね〜」
「そうね。上等なお茶を買っておいてよかった!」
「わざわざ買ってきたの〜?」
「食料が無くなっていたから、ついでに買ってきたの。お茶が美味しくなかったら、せっかくのスイーツが楽しめないわ」
美味しいスイーツに上等なお茶。
花たちに囲まれ、女二人が優雅なティータイム。
……なんて、簡単にいくはずがなかった。
「ミラーヌ!!出てきなさいっ!!!」
「あの声は……」
店の外から、女の金切り声が聞こえてきた。
それは、今の至福の時間には会いたくなかった人。
ミラーヌの姉、ヴィヴィアンヌの声だった。
「ヴィヴィアンヌ……そんなに大きな声を出さないで。ご近所迷惑だわ」
「わたくしはこの国の姫なのよ?迷惑どころか、むしろわたくしの声を聞けて光栄に思うはずよ」
「……もういいわ。それで、なんの用?」
「っ、お父様からの伝言をわざわざ伝えに来てあげたのよ!隣国からお客様がお見えになられているから、舞踏会を開くのよ。だからミラーヌもご挨拶がてら、参加するようにとの仰せよ」
「それだけの為に、あなたがここへ?」
「わたくしだって、こんな伝言は家来にでも任せたかったわよ。けれど、お父様が一国の姫として……またあなたの姉としての務めを果たせと仰るから仕方なくよ!!」
ひどく説明台詞だけど、事情は飲み込めた。
要はあのいけ好かない、第二王子の接待をしようというのだ。
王族が勢揃いでもてなさなければならないということは、よほど大切で重要な相手らしい。
ただの隣国の王子、という理由だけではないように思えた。
「いいこと?あなたなんていてもいなくても同じだけれど、今回は王族全員が揃っていなければならないの。だから、7日後の夜に開かれる舞踏会には必ず参加しなさい。これは父である、国王陛下からの正式な通達よ」
「わかったわ、必ず参加します」
「遅れてもダメよ。あなたの恥は、わたくしたちの恥になるのだから」
「えぇ、ちゃんとわかっているわ」
いやと言うほどわかっている。
物心ついた頃から、ずっと言われ続けてきた。
王族としての自覚を持ち、誇り高く生きる。
何も自慢になるものがない自分でも、王族としての務めを果たす。
それだけが、自分に出来る最善のこと。
「では、わたくしは帰るわ。こんなしみったれた場所にいつまでもいられないもの」
馬車に乗りながら、悪態つくヴィヴィアンヌ。
舞踏会のことで頭がいっぱいで、ほとんど聞いていなかったから。
ふらふらと、おぼつかない足取りで店の中に戻った。
「おかえり〜!姫様、なんだって?」
「……………………もう消えたい」
「何があったの」
倒れこむようにテーブルに突っ伏すと、心配そうにイリスが声をかけてくる。
もうティータイムどころではなくなってしまった。
虚ろな目でイリスを見れば、若干引かれてしまった。
「お城で舞踏会があるの」
「いつも欠席してたじゃない〜」
「今回は、そうもいかなくて……王族は全員参加決定で。国王命令だから、断ることもすっぽかすことも出来なくて……どうしよう」
「参加するしかないんじゃない?」
無理すぎる。
ただでさえ、地味で暗くて華やかさに欠ける容姿な上。
初対面の相手には人見知りを発動し、社交性に欠ける自分が。
多くの王候貴族が集まる舞踏会に参加?
死亡確定である。
「たとえ病気やケガが原因で欠席しても、自己管理が出来ていないと言われてお母様がまた何か言われるだろうし……気分が悪くなってきた」
「参加するだけでしょう〜?そんなに気負わなくても、適当に過ごしていたら〜いつの間にか終わっているわよ〜」
「たくさんの有力者の方々の顔と名前を覚えて、挨拶しないといけないのよ!?しかも人前だと上がっちゃって……上手く話せるかどうか」
「なるほどね」