カレーと正義の交差点・其の十
「あ、そ、そうだ。もうこんな時間ですし、自分はもう帰りますね?」
わざとらしく時計に目をやって調理器具の片づけに入る。こうなったら話は早い。
逃げるが勝ちだ。
「まぁまぁ、そう慌てないでさ。お互い大人なんだし。夜分のトークタイムとしゃれ込もうぜ?」
そう、真横の椅子から声を掛けられる。横目で席を見れば、義正さんがゆったりとパイプ椅子に座りこちらを見ていた。
先ほどまで入り口近くにいたはずなのに、いつの間に横に居たのだろうか? 瞬きをしている間に移動するという異常な行動を目の当たりにして、少し引いていた冷や汗が再びジワリと浮かんでくる。
完全に逃げれる状態じゃない。決して悪い事等などしていないと言うのに、出てきた冷や汗は止まることを知らないかのように垂れ流しになっている。
「お、お話ですか?」
「そうそう、お話だよ、お話。例えばさ」
「君がやっているお仕事とかね?」
そ れ は カ レ ー 屋 の 事 を 聞 い て る ん で す よ ね ?
そうだ、そのはずだ。
そのはずなのに、なぜか心臓に氷で切り裂かれるような感覚が襲い掛かってくるのだろう。いつもカレー屋で見ているはずの彼の笑顔が、異常な恐怖を俺に与えていた。
片づける手は完全に止まり、食器を持ったまま寒さに晒されているかのように震えを抑える事が出来ない。
「おいおい、大丈夫かい? 顔色が悪いぜ?」
心配そう……なのだろう。義正さんはこちらに声を掛けてくれるが、その行動ですら、とんでもない恐怖感を煽っている。
「……い、え。大丈夫です、よ?」
つっかえながらも答える。
「ははは、何だい田中君。ずいぶん怯えちゃってるじゃないか」
ふいに、強烈な威圧感が消える。緊張感が解け、汗で滑る皿を落とさないようしっかりと握る。
同時に自分でも気が付かないうちに、大きなため息が出ていた。




