1部 - 2「合言葉は五目炒飯で」
翌日、ディスンはミダスの繁華街にある店を訪れた。
がやがやと騒がしい店の奥に席を取る。
やがて、入り口の暖簾が揺れて、一人の青年が現れた。
寄ってきた店員と言葉を交わすと、人でごった返す店内を静かに歩き、ディスンの向かいの席に手をかけた。
「昼休みか?」
「はい――」
でんか
音を隠して、唇が動いた。
頭に布を巻いたディスンは、ただ小さく頷いた。
青年が座る。歳は二つ三つ下だろうか。
ディスンは素早く青年を観察した。
「移動しますか」
「いや、ここがいい。隠れようとすればかえって目立つ」
「失礼いたしました」
青年は不自然ではない程度に、頭を垂れた。
ディスンの金色の目から鋭さが消えた。
――ミダスの警邏局は人に恵まれている。
ディスンは、昨夜、アンバーに預けた手紙に、昼休みの時間になったら、若く、賢く、礼儀と勇気のある人間をいつもの店に寄越せと書いた。
急な指示で選ばれたのが、この青年だ。
少なくとも、若さと礼儀については注文通りだ。
あとの二つは、これから分かる。
店員がやってきて、青年の前に湯気の立つ炒飯の載った盆を置いた。
そして、ディスンの前に、真っ赤な色のスープを置く。辛みと酸味の刺激が鼻を突きあげる。
「お好きだと」
「南に行ったときに食べて、気に入った。ミダスでも食べられるのだな」
「ここは中央州ですから」
この国のすべてのものが集まってくる。
税として。
ディスンは頷いて箸をとった。
「食べながら話をしよう」
青年が手を合わせ、喋れるよう、控えめに炒飯を載せた蓮華を口に運んだ。
「どこまで聞いた?」
「書簡の内容は聞いております。北領の方が、滞在中です」
「……いる?」
ディスンの眉間に早速、深い皺が寄った。
奴隷競りと聞いて、黒幕の顔の予測はついていた。
フルオスを領地に持つ、枢機院の一人。
ルクス。
彼は、他人の顔が歪めば歪むほど、高く笑う男だ。
そして、色欲に限りがない。
ディスンの倍以上の歳だが、女でも男でも、いつでも見目の良い、若い者を腕に抱いている。
「商品は」
「六点です」
嫌悪感が収まらない。
首を振り、スープを口に入れて気を散らした。
競りにかけられるのが六人いるということは、狙いがディスンと同じとは限らない。
――だが。
ディスンは警戒を強めた。
ルクスは、いつも会場に姿を現さない。
腹心が会場に訪れ、金をばらまき、気に入りそうな人間を連れ帰る。
競りに出される人数で、やり方が変わったことはない。
それが、なぜ……
「想定以上に難しいことになりそうだな」
「我々は、従います」
青年が、炒飯を頬張りながら返答した。
隣の卓の男が、大きな声で笑った。
誰が見ても、緊張感を伴う話をしているとは思わないだろう。
ディスンは少し頬を緩めた。
「お前は、よく食うな」
「午前中にずいぶん駆け回りまして。少し控えますか?」
「いや、いい。良い食べっぷりだと思っただけだ」
第一印象では、どちらかというと線が細いように見えた。
ディスンよりは低いが、上背もあるから、華奢に見えるだけで、骨格はしっかりとしているのかもしれない。
ディスンもつられるようにスープを飲んだ。
それから、表情を引き締めた。
「会場と搬入口は探らせている。始まる前に止められれば最善だが、まず無理だろう。そうなったら、向こうの手の内が分からない以上、中途半端に動けない。お前たちの役目は二つ。商品を奪う時間を稼ぐこと。奪取の成功、失敗にかかわらず、誰にも俺を追わせないこと。やり方は任せる」
「あと、貴方の警護ですね」
「なんだと?」
「これは、上長からの命令なので、共有事項程度にお聞きください」
ディスンの鼻の頭に皺が寄った。
ミダスの警邏局長は、三年前まで特殊旅団で工作部隊の佐官を務めていた。
きな臭い話の対応については、自分より経験がある。
それに、自分が協力を持ちかけられても、あの男の立場なら、そう言うだろう。
ディスンはうなずいた。
「俺の前をうろちょろするな。自分のことは、自分でできる」
「承りました」
青年は蓮華で掬って、付け合わせのスープを口に運んだ。
また、隣の卓の男が大声で笑う。
今度は手を叩いて、腹を抱えていた。
「今回の作戦において、誰ひとり素性を知られてはならない。意味がわかるか」
「たとえ粉砕された死体であっても、腕ひとつ残さず、生きている者が背負って帰ります」
「それでいい」
正規の命令書はない。誰か一人でも身元が割れれば、警邏局ごと潰される。
唐辛子が、喉を焼きながら胃に下りていく。
青年の返答は、十分だった。
「会場では、主催も客も、運営も、全員仮面をつけて素性を隠している。俺たちも全員仮面をつけて行く。相討ちをしないために、見てわかるものと、聞いてわかるもの、二つの符号が必要だ。考えたが良い案が思いつかない。何かないか」
青年は皿をじっと見つめた。思案しているようだった。
だが、ほどなく顔を上げた。
「まず、見る方ですが、黒子なんて、いかがですか?」
「黒子?」
「はい。我々は客に紛れます。だから、見られた時に、誰にでもあっておかしくないものでなければ、疑われます。ちょうど昨日、お客様が面白いお土産をくださって」
「土産?」
ディスンは、眉間を寄せた。
「ええ。暗がりで光るキノコの粉を置いていったんです。なんでも薬草を探しに下りた沢で、偶然見つけたとか」
「……ああ、じいさんか。元気だったか?」
「お元気でしたよ。なんだかご機嫌で」
「ご機嫌……」
あの偏屈老人に限って、そんな様子は一度も見たことがない。
怪訝な顔をするディスンの前で、何か聞かされたのか、青年が楽しそうに笑った。
「光る粉を炭と混ぜて、肌のどこかに書いておけば、明るくても暗くても、間違えることはないでしょう」
「暗がりで点々と黒子が光っているのを想像すると、いささか不気味だがな」
「相手が怖がって怯んでくれれば、一石二鳥です」
その通りだ。ディスンはうなずいた。
「言葉の符号は何がいい?」
「『五目』『炒飯』がいいと思います」
「五目炒飯?」
「皆、五目で迷うでしょう? 蕎麦も煮物もある」
「なるほど」
「それに、折角ですから自分が好きなものが良いなと」
ディスンは、青年の前の空になった皿を見た。
「採用しよう。食べたかったら、もう一皿食え」
「ありがとうございます。それでは、遠慮なく」
給仕をしていた女性を捕まえて「五目炒飯」と告げた青年の目が、三日月のように弧を描いた。




