2部 - 2「手伝わなくていいよ」
街で暮らしたことも、買い物もしたことがなかったリルテは、トートから一人で街中まで出てはいけないと釘を刺されていた。
だが、人の姿が見えないトートに、混み合う街を案内してもらうことはできなかった。
代わって、昼休みに街へ連れ出してくれたのは、クコだった。
ロキスは二人が出ている間、店番をしている。
ロゴテカの周りにも店が多くあるが、食べ物を扱っている店は、少し離れたところに集まっていた。
その辺りは、通りも店も、とても混みあっていた。
店内で食べ物を提供しているところは行列ができていたし、店に向かう人も、買い物を済ませて紙袋を持った人も、急ぎ足で歩いていた。
リルテも、速足のクコを見失わないように、懸命に人ごみを歩いた。
「何か食べたいものはある?」
「クコが買い物をするところで選びます。昨日のおにぎりのお店も、その前のお弁当のお店も、とても美味しかったので」
「あ、そう。全部好みが合うとは限らないけどね」
クコは冷めた顔で頷いた。
「そこ、右に曲がるよ」
「はい」
昨日と違う路地を抜けて、裏通りに出る。
どの店からもいい匂いが漂っていた。
鳴り出しそうな腹を押さえて、リルテはクコについて歩いた。
「ここ」と言ったクコに続いて店の扉をくぐったリルテは、思わず鼻をひくつかせて、大きく息を吸い込んだ。
甘い香りと、焼けた麦の香ばしい匂いが、肺いっぱいに広がる。
壁に棚が置かれ、焼けたパンがずらりと並んでいた。
「好きなのを取って、このお盆に載せる。選び終わったら奥の台に出して。お金を払ったらパンを持って出ていい」
「分かりました」
「……ちゃんと選んでよ」
「はい。選びます……なにかありましたか?」
「全部載せてきそうな顔してる」
「さすがにそんなに食べきれません」
「そう」
クコは、ふいとリルテから顔を逸らした。
「食べきれるだけにしときなよ」
「はい。そうします」
クコは、お盆を持って棚の方に向かった。
気になるパンが、いくつもあった。
リルテは端から端まで見て迷って、ようやく三つを選んで店の人がいる台に持って行った。
クコは店の外で買ったパンを齧っていた。
「時間かかりすぎ。店に着いたら、昼休み終わりになるよ。食べながら帰ったら?」
「そんなに経っていましたか。待たせてしまってごめんなさい」
「気に入ったら何度でも来れるんだから、迷ったのは次に買えばいいのに」
足早に歩き出したクコを追いかけて、来た道を戻った。
街の景色は、まだ見慣れない。
気になる看板はたくさんあるが、よく見ようとしても、クコが先に行ってしまう。
リルテは、書かれている名前を覚えて、顔を上げた。
クコが立ち止まってリルテを見ていた。
リルテと目が合うと、前を見て歩き出す。
リルテは急いで追い掛けた。
通りの向かい側に、ひどく大きな荷物を背負ってふらふらと歩いている初老の男がいた。
足が止まった。
「クコ! クコ!」
名前を二回呼ばれて、クコは足を止めた。
「なに」
「僕、あの人を手伝って来ます」
「は?」
クコは、リルテが示した指の先を辿って、首を傾げた。
「どの人?」
「大きな荷物を背負っている人がいるでしょう?」
「荷物……ああ。手伝わなくていいよ」
「どうして?」
クコは、呆れたように鼻から息を吐いた。
「あれは運び屋だ。腕に黄色い紐をつけてるだろ。物を運ぶのが仕事だよ」
「少し、支えるのも駄目ですか?」
「君、あの荷物がどれくらい重いか分かってる? 支えられるの?」
リルテは、男の背中を覆う荷物と、自分の腕を見比べた。
「でも、辛そうです。何か持ち方で解決できる工夫があるかも……」
クコはもう一度鼻から息を吐いた。
「そもそも、自分の昼休みがあと何分残っているか分かってる? 君が戻らなかったら、ロキスは交代できない。それはいいの?」
リルテは、開けた口を結んで、首を振った。
クコはまた歩き出した。
さっきより速足だった。
リルテはクコの背中を追った。
頭の中で、荷の重量を分散させる式を組み立てた。
ロゴテカに着いてロキスと店番を交代して、式を紙に書いてみた。
村であんなに大きなものを持っている人がいたら、誰でもすぐに駆け付けた。
肩で息をつく男の姿が、頭の中からどうしても消えなかった。




