↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レーテー・イストリア  作者: 鈴
第2章 ディスンの章
16/24

3部 - 3「この国のすべての本」

リルテは面食らったようにぽかんと口を開けた。

何度も瞬きをして、戸惑ったように眉を下げる。


「学校? ……僕は働かないと」

「働く一番の理由は、金だな」

「はい」

「金はある」

「?」

「昨日、お前を競り落とした男が舞台に投げた金だ。主催者は受け取らずに逃げた。いったん統治局へ提出するが、競りにかけられた子どもたちで等分するよう提案する。許可が下りれば、お前にも六分の一が入る。学校へ通うには十分だ。だが、元はお前に付けられた値《ね》だ。異論があるなら聞く」


リルテは、即座に首を振った。


「分けてください。みんな、帰りたいって泣いていました。お家が貧しいから売られたのだって。……お金があったらきっと帰れる」

「いや、そんなに簡単にはいかないだろうな」

「なぜですか」

「家が貧しいから売られた子どもを、金だけ持たせて帰せば、その後は、どうなる」


リルテは目を伏せ、じっと卓の一点を見つめていた。

だが、時を置いても答えられなかった。


「その先を考えられるようになれ。学校で学べ」

「学校へ行けば分かるようになるのですか?」


ディスンは、目を閉じてひとつ呼吸をした。

首を傾げるリルテに、問い返す。


「村に、学校はなかったのか?」

「はい」

「どうやって計算ができるようになったんだ」

「教会にいる師《せんせい》に、勉強を教えてもらいました。師の本棚にはたくさん本があったので、分からないときはそれを読んで調べました」

「なるほど」


ようやく、リルテが年齢のわりに大人びて見える理由の一つが分かった。

同年代と机を並べるのではなく、大人の師から直接教えを受けてきたのだ。


それにしても、リルテはかなり高度な知識を持っている。

教会にいた師は、よほど博識だったに違いない。


分からないことがあれば、本を読んで調べる。

その学び方に、ディスンは妙な懐かしさを覚えた。


――答えを訊く前に、まず本を読め。


十年以上聞いていない、厳しい声が耳の奥に蘇った。


「何を学ぶかは、自分次第だ。一人で本を読むのだって、そうだろう。だが、学校には大勢の他人がいる。人の中で過ごすことは、本から知識を得るのとは違う学びになる」


大きな目をぱちぱちと瞬かせ、リルテはようやく「わかりました」と答えた。


「学校には、いつから行くのでしょう。明日からですか?」

「十三歳になる年から通うんだ。冬に試験がある。それに受からなくては入学できない」

「……試験……」


未知の壁に怯んだ様子だが、ディスンは、リルテの学力ならば試験自体は心配はいらないと思っていた。

まだ、夏が来ていない。

何か学んでいない科目があっても、今から準備をすれば、間に合うだろう。


「リルテ、お前は本が好きだろう」

「はい」

「王立学校の学生証を持っていれば、王立図書館の開架区画へ入れるようになる」

「王立図書館……?」

「そうだ。この国のすべての蔵書が集まる書庫。パンビオロンだ」

「パンビオロン……」


みるみるうちに、リルテの目が輝いた。

卓に身体を乗り出す。


「開架区画というのは、本棚の本を、自分で手に取って読んでもいいところですか」

「そうだ」

「行きたいです! 本を、読みたい」

「試験まで学べる場所に、心当たりがある。そこへ預けよう」

「はい! ありがとうございます」

「あのう、空になったお皿、お下げしてもよろしいですか」


ぶっきらぼうな声が聞こえた。

店員が嫌な顔をしてリルテの後ろに立っていた。

すっかり長居をしてしまった。

ディスンは頷いて、蕎麦が入っていた皿を示した。

リルテは、すっかり冷めてしまったスープを、ごくごくと飲み干した。


「ごちそうさまでした。あの、とても美味しかったです」


深くお辞儀をすると、リルテは、皿を捧げるようにして差し出した。

店員は瞬きをして、相好を崩した。


「ありがとうございます。また来てくださいね」


皿を両手に持った店員が、軽い足取りで奥に戻って行った。

ディスンは、リルテを促して立ち上がった。


 表へ出る。

日は中天《ちゅうてん》近くまで上がっていて、人の往来は増していた。


「わ、待って。待ってください。えっと、ディン!」


来た時のように辺りを見回すどころか、前後左右からやってくる人に翻弄《ほんろう》され、挟まれて、リルテが声を上げた。

腕を引いて人波から引っこ抜いてやると、リルテは息を吐いた。


「あ、ありがとうございます」

「もう敬語はいらない。普通に話せ」


大きな目が丸くなった。

少し戸惑ったように目を瞬かせて、リルテは頷いた。

それを見て、再び歩き出す。

今度はリルテを置いていかないよう、歩調を合わせた。


「あの、ディン」

「なんだ」

「僕は稼げるようになるまで、お金をどうしたらいい?」

「俺が決めたことだ。金が支給されるまでは、俺が出す。必要なものがあったら言え」


リルテは納得がいっていないようだった。

さっきまで金の相場も分かっていなかったくせに、誰かに負担をかけることには妙に敏《さと》い。

アンバーだったら、喜んで奢《おご》られるだろうに。


「そうだな。どうしても支払いたかったら、お前が本当に立派になった時、支払ってくれ」

「それは、誰の評価で?」

「誰もかれもだ」

「……」


少し考えてから、ディスンには支払わせる気がないことに気づいたのか、リルテが頬を膨《ふく》らませた。

こういう子どもらしい顔もするのか。

口元が緩むと、リルテの頬が一層膨らんだ。


「いつか」

「ん?」

「いつかきっと支払うから」

「そうか」


ディスンはリルテから視線をほどいて、遠く広がる空を見た。


「楽しみにしていよう」


白壁の家の屋根から、一羽の鳥が飛び立った。

遅れて、もう一羽がその後を追った。


喧騒《けんそう》の満ちる繁華街を抜け、二人は宿へ戻った。

荷物をまとめたディスンは、リルテを連れて首都の門へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。