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告白

バルタザールからかけられた温かい言葉を胸に抱き、コレットは夕闇が迫る学府の廊下を歩いていた。


向かうのは、学士館二階にあるクロードの執務室。

胸の奥で早警を鳴らす鼓動と、激しい緊張で指先が冷たくなっていく。酷く振られるかもしれない、途方もない身分差を突きつけられて笑われるかもしれない。けれど、自分の心に嘘をついたまま逃げ出すことだけは、もうしたくなかった。


深呼吸を一つつき、重厚な扉を二度、静かにノックする。


「……入れ」


中から聞こえてきたのは、どこか疲れを滲ませた、低く冷ややかな声。

コレットは意を決して、重い扉を押し開けた。


クロードが一人でいる事を確認し、ほっとするコレット。


夕陽が沈みかけた室内は、赤黒い影が深く落ち込み、独特の重苦しい静寂に包まれていた。

デスクの前に佇んでいたクロードは、書類から視線を上げることなく、冷淡な声で問いかける。


「何か用か、コレット。……バルタザールからの伝言なら、後にしてくれ」


「いいえ……バルタザール様からではありません。私……クロード様に、お伝えしたいことがあって伺いました」


その言葉に、クロードのペンを動かす手がぴたりと止まった。

ゆっくりと上げられたサファイアブルーの瞳は、まるで感情を完全に殺し尽くしたかのように暗く、冷たく澄み渡っている。


「私に? ……暇な平民の戯れに付き合っている時間はないのだが」


冷酷な眼差しが突き刺さり、コレットの体がすくむ。だが、彼女は逃げなかった。ぎゅっと拳を握り締め、クロードの瞳をまっすぐに見つめ返す。


「クロード様とエレノア様の噂をお聞きしました。……お二人の婚約のことも」


「……それがどうした」


「私……ただの従属学生で、身分も不釣り合いで、お邪魔だってすることは分かっています。でも、どうしても……この気持ちをごまかしたくなかったんです」


コレットは一歩前へ踏み出し、震える声を絞り出した。


「私……クロード様が好きです! どれほど諦めようとしても、どれほど不釣り合いだと自分に言い聞かせても……クロード様を想う気持ちを消すことができませんでした……っ!」


溢れ出した、飾りのない純粋な告白。

夕闇の執務室に、コレットの切実な声が寂しく響き渡る。


しかし——クロードの表情には、微かな動揺すら浮かばなかった。

彼は静かにペンをデスクの上に置くと、ゆっくりと立ち上がった。美しい容貌に冷ややかな蔑みの笑みを浮かべ、コレットへと歩み寄ってくる。


「……身の程を知れ、平民ごときが」


「ッ……!」


吐き捨てられた氷のような言葉。


「私が少しばかり優しく接したからといって、調子に乗ったか? ……勘違いするな。私が貴様のような平民を相手にしていたのは、珍しいおもちゃをからかって暇をつぶしていただけに過ぎない」


「え……?」


「ヴァルテンベルク家の人間が、平民の娘など本気で相手にするはずがないだろう。貴様が勝手に期待し、勝手に夢を見ていただけだ。惨めだと思わないのか?」


一言一言が、鋭い刃となってコレットの胸を容赦なくえぐり出す。

あのサロンで交わした熱い抱擁も、髪を撫でてくれた優しい指先も、すべてはただの戯れだったと告げられたのだ。


「私……私とのあの時間は……全部、嘘だったんですか……っ?」


涙で視界が歪む。縋るような思いでクロードの顔を見上げるが、彼のサファイアブルーの瞳は、まるで氷の塊のように固く閉ざされていた。


「嘘も何も、最初から何も存在していない。……二度と私の前にその不愉快な顔を見せるな。不敬罪で追放されたく分ければな」


冷酷に言い放ち、クロードは興味を失ったようにコレットから背を向けた。


ポロポロと涙を溢れさせながら、コレットは胸の痛みに耐えかねて自分の服の胸元をギュッと握りしめた。

からかわれていたと言われても、酷い言葉で突っぱねられても——あの温かな指先や、自分を見つめてくれていた優しい瞳が偽物だったなんて、どうしても思えなかった。


「……嘘でも、からかわれていただけでもいいです……っ」


かすれた声で絞り出された言葉に、背を向けていたクロードの身体が微かに強張る。


「私……クロード様がくれた優しさを、ずっと信じていました……! どんなに冷たくされたって……私、やっぱりクロード様が好きです……っ!」


溢れ出る涙を拭うこともせず、最後まで自分の素直な想いを告げたコレット。

これ以上ここに居たら、溢れる愛おしさと切なさで胸が張り裂けてしまいそうで、彼女は溢れる涙をそのままに、振り返って執務室の扉を押し開けた。


静かな廊下へ飛び出していく彼女の激しい足音。それが次第に遠ざかり、やがて完全に消え去っていく。


——誰もいなくなった執務室。


コレットが走り去った扉を見つめたまま、クロードは微動だにしなかった。

冷酷な仮面がすりと剥がれ落ち、その端正な顔立ちが苦痛と後悔で苛烈に歪む。


「……くっ……」


クロードはデスクに激しく拳を打ち付けると、力なくその場に膝をついた。

彼女を冷たく突き放した自分の手が、激しく震えている。


「あんな風に泣かされておいて……どうして、そんなこと言えるんだ……っ」


暗闇に沈む執務室の中で、クロードはただ一人、胸を切り裂くような痛みに耐えながら、静かに拳を握りしめ続けていた。

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