詰問
学士会館 2階のサロンでは、優雅で穏やかな時間が流れていた。
豪華なソファに腰掛けるクロード・フォン・ヴァルテンベルクの周りには、友人のルークをはじめとする高位貴族の生徒たちが集い、歓談に花を咲かせている。
そこへ、四人の男たちが歩み寄ってきた。
周囲の生徒たちがその顔ぶれ——キース、リュシアン、ライナー、バルタザールという尋常でない組み合わせに息を呑む中、代表してキースがクロードの前で足を止めた。
「やあ、クロード。楽しんでいるところ申し訳ないが……少し、大事な話があってね。時間をくれないかい?」
キースの只ならぬ眼差し、そして背後に控える男たちの険しい表情を敏感に感じ取ったクロードは、持っていたティーカップをそっと皿に戻した。その美貌にかすかな困惑と鋭さが宿る。
「……わかりました。では、僕の執務室行こうか」
クロードはルークに目配せしてその場を辞すると、四人を促して個人サロンへと場所を移した。
◇
静寂と厳かな品格が漂う室内に足を踏み入れるなり、四人は事態の深刻さを突きつけた。
「——……と、いうことがあったんだ」
四人を代表し、キースが静かで澄んだ声で事態の全貌を語り終えた。倉庫での工作事故、薬草園での冤罪、重要書類の紛失、そして城下町での拉致未遂。
「本人が動いた確たる証拠はまだない。だが、裏で動いていた派閥の足跡、そして何よりコレットを攻撃する動機を加味すれば……ブロンディエル嬢の指示だと考えるのが極めて自然だね」
キースの告発に、クロードの青い瞳が大きく見開かれた。デスクの縁を握る彼の手が、思わず力む。
「エレノアが、そんなことを……。そんな、まさか……彼女が人を使って拉致まで企てるなど……」
クロードの動揺は深かった。
神胤諸公国連合において、貴族が持つ権力と力は「神から授かった聖なる恩寵」であると教え込まれる。その力は正しく行使されてこそ神聖であり、もし私利私欲や邪心のために悪用すれば、神の祝福はその手から奪い去られる——高位貴族であればあるほど、幼少期から血肉に染み付いている厳格な教義だ。
格式高い伯爵家の令嬢であるエレノアが、そのような神意に背く理不尽な悪行に手を染めるはずがない——クロードの心のどこかで、そう信じたい拒絶が働いていた。
だが、キースは冷徹な現実を鋭く突いた。
「君や私から見れば不条理でも、ブロンディエル嬢にとっては違うのさ。コレットという存在は、彼女の望む座を脅かす『害悪』そのものなんだろう。害毒を排除し、秩序を正しく保つ——彼女の中では、正当な行いなのかもしれないよ」
キースの皮肉を込めた言葉に、クロードは言葉を失った。
そこへ、怠そうに壁に背をあずけていたリュシアンが、不快感を隠さずに盛大な舌打ちを鳴らした。
「チッ……どうでもいいがな。そのてめぇの女に学内を引っ掻き回されるのは、反吐が出るほど迷惑なんだよ。さっさと手綱を締めろ」
「フェロー・リュシアン、言葉が過ぎます」
ライナーが低く咎めるように言ったが、クロードに向き直るその瞳にも妥協のない光が宿っていた。
「ですがクロード様。もし本当にブロンディエル嬢が主犯であるならば……。あなたに直接の責任がないことは理解しております。しかし、この不毛な揉め事を最も波風立てずに収められるのは、彼女が執着するあなたしかいません」
三人の追及と詰問。
その最中、沈黙を守っていたバルタザールが、ついに耐えかねたように前へ踏み出した。
ドンッ!!
重厚なマホガニーのテーブルに、バルタザールの分厚い拳が容赦なく叩きつけられた。
「……難しい理屈や貴族の決まりなんざ、俺にはよく分かんねえ!」
バルタザールはクロードを真っ直ぐに見つめ、絞り出すような、けれど血の通った声で吠えた。
「だがな、クロード……コレットがかわいそうだろ! あいつがこれ以上、理不尽に怯えなきゃならねえ理由がどこにある!? 俺はな、あいつの家族に『責任を持って面倒を見る』って約束してんだ! あいつも、あいつの家族も、俺にとっちゃ大切な恩人なんだよ……!」
バルタザールの大振りの身体が、激しい怒りと切実な祈りに震えていた。
「頼む、クロード……! お前がどうにかできるんなら、たすけてやってくれよ!」
その叫びは、静まり返ったサロンの空気に重く響き渡った。
クロードはゆっくりと目を閉じ、深く、重い息を吐き出した。
エレノアの狂愛が招いた過ち。そして、自分の庇護下に置くことでかえってコレットを危機に晒してしまったという負い目。
やがて目を開けたクロードの瞳には、迷いが消え、毅然とした決意が宿っていた。
「……わかった」
クロードは静かに立ち上がり、バルタザールをしっかりと見つめ返した。
「コレットはバルタザール、君に返す。……彼女には君から伝えておいてくれ。僕の仕事からは外し、本来の君の従属へと戻すと」
そして、四人全員を見渡しながら、低く冷ややかな声で付け加えた。
「エレノアの件は……僕の手で、すべて対処する」




