答え合わせ
薬草園での冤罪事件から、2週間の時が流れていた。
薬草園でコレットの無実を証明してやって以降、ライナー・フォン・ローゼンバーグは強い葛藤と、自身のプライドとの戦いの中にいた。
(なぜ僕が、あの平民の女一人のためにこれほど気を揉まなければならないんだ……)
コレットを貶めようとした背後関係を探ろうにも、薬草学科の優秀な特命研究員としての研究に追われ、情報収集には時間がかかっていた。何より、「コレットのことが心配で動いている」と周囲に悟られるのが、ライナーの誇り高き自尊心を激しく邪魔していたのだ。
だが、学園内で囁かれる不穏な噂や、コレットの周囲に漂う不吉な気配を無視し続けることなど、到底できなかった。
意を決したライナーは、講義棟の裏手、建物の影に見えた大柄な男の背中を見つけて足早に近づいた。コレットの本来の雇い主である、バルタザールだ。
「おい、バルタザール——」
声をかけかけたライナーだったが、男の影に隠れてもう一人、優雅に佇む人物がいることに気づいて言葉を呑んだ。
「……っ、はっ。キース先生、大変失礼いたしました」
南方の意匠が施された上質なコートを纏うのは、特別招聘講師のキース・フォン・シルヴァーナである。ライナーが即座に無礼を詫びて身を引こうとすると、キースは柔らかな笑みを浮かべ、スマートに片手を挙げた。
「構わないよ、ライナー君。……ふむ、薬草園の事件の告発者である君が来たということは、君にも関係がある話かな?」
「え……? 僕に、ですか?」
思いがけない問いかけにライナーが眉をひそめると、キースは楽しそうに目を細めた。
「コレットのことで、バルタザールに話があったんじゃないのかい?」
「……! 先生も、ですか?」
「ああ。直接動く前に、一応本来のコレットの従属先である彼に、最近の状況を聞いておこうと思ってね」
コレットの名が出た瞬間、ライナーの瞳が大きく揺れた。
そこへ、暗がりから響く足音とともに、とてつもなく不機嫌そうな顔をした一人の男が歩み寄ってきた。
「おい。その話、俺も混ぜろ」
煙草の煙を怠そうに吐き出しながら現れたのは、「不良フェロー」ことリュシアン・フォン・グラフェンベルクだった。
「……フェロー・リュシアンまで。一体何事です?」
ライナーが警戒感を露わにすると、キースが静かに口を開いた。
「なに、答え合わせさ。ライナー君が立ち会った薬草園での毒物・冤罪事件。リュシアンが遭遇した学務棟での重要な資料紛失事件。そして……先日、私が城下町の裏路地で防いだ、彼女の拉致未遂事件」
「な……ッ!? 拉致未遂……!?」
ライナーが息を呑み、リュシアンが苦々しく舌打ちを鳴らす。
その会話を黙って聞いていたバルタザールが、苦虫をかみ潰したような顔で大振りの拳を固く握りしめた。
「……なんだそりゃぁ!?あいつ、何かあったら俺に言え、っていつもいってるのによ……。実を言えば、前に倉庫でも事故があったんだ」
バルタザールの言葉に、三人の視線が一斉に集中する。
「コレットが棚の下敷きになりかけて、大怪我をしそうになった。その時はただの老朽化かと思ったが……あいつが去った後で棚の脚を調べたら、人為的に固定具が外されていたんだ」
「棚の固定具を……? それは明確な害意だな」
ライナーの顔から血の気が引いていく。
四人の証言が揃った瞬間、これまで点であった不可解な出来事が、恐ろしい精度で一つの太い線へと繋がった。
実行犯や手配されたゴロツキ、裏で動いていた者たちの所属——それらはすべて、学園内のある特定の巨大な派閥へと行き着くのだった。
「なるほどね……。首謀者の目星は完全に付いたな」
キースが冷ややかな笑みを浮かべる。その派閥の頂点に立つ人物の名を、四人は当然のように知っていた。
エレノア・フォン・ブロンディエル。
クロード・フォン・ヴァルテンベルクの母方の従姉妹であり、クロードより一歳年下の伯爵令嬢。
幼少期から侯爵家であるクロードの身近に育ち、「クロードの隣に立つにふさわしい唯一の女性」と周囲にも自分にも言い聞かせてきた彼女は、自分こそがクロードの婚約者候補だと信じて疑わず、彼を追ってこのレガリア大学に入学してきたのだ。
クロードに対して幼少期から一途な、狂愛に近い一方的な好意を抱き続けているエレノア。
そんな彼女にとって、クロードが自分以外の女性——それも平民の従属学生であるコレットを自身のプライベートスペースに置いているという事実は、彼女の自尊心と誇りを完膚なきまでに叩き潰すものだった。
「……あの女は、昔からヴァルテンベルクに激しく執着していたからな。自分の思い通りにならないと気が済まないタチだ」
リュシアンが不快そうに吐き捨てる。ライナーもまた、苛立ちを隠せずに額を押さえた。
「彼女の嫉妬とプライドが、すべての引き金だったというわけですか……。コレットは何の罪もないのに、あの女の身勝手な狂愛に巻き込まれている」
「さて……」
キースは視線を西棟へと向けた。
「やはり、まずは当人が状況をどこまで把握しているのか、確認しに行った方が良さそうだね」
「クロードか。あいつ、自分の足元で何が起きてるか分かってんのか?」
バルタザールが腕を組み、怒りを込めて鼻を鳴らす。
「行きましょう。これ以上、神聖な学び舎を、低俗な女の嫉妬で引っ掻き回されるのは不快ですから」
ライナーの言葉に頷き合い、四人の男たちは足並みを揃えた。
学園の頂点に君臨する男、クロード・フォン・ヴァルテンベルクの元を目指して。




