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リュシアン3

コレットに降り掛かった、薬草園での冤罪疑惑。偶然居合わせたライナーによって無実が証明されたものの、コレットの周囲で起きる不穏な動きは止まらなかった。


あれから数日後の夕刻。


コレットは、教養課程の担当教官から託された「古代魔導体系の目録試案」という、羊皮紙を束ねた重要な書類を手にして学務棟の廊下を急いでいた。


(よし、これを提出したら今日の雑務は終わり……!)


そう思った矢先のことだった。


曲がり角から突然現れた人影と激しく衝突し、手元の書類がバサリと床一面に散らばった。


「あ、すみません……!」 「ちッ、前を見て歩けよ、平民」


ぶつかった生徒は、コレットに冷酷な視線を向けると、謝罪もそこそこに去っていった。 コレットは慌てて散らばった紙片を拾い集めたが——集め終えて枚数を確認した瞬間、血の気が引いた。


(え……嘘、一番重要な『総論部』の束がない……!?)


ほんの数秒前まで手にしていたはずの核心部分の資料が、影も形もなく消えていたのだ。 もしこれを紛失したとなれば、教官からの信頼は失墜し、従属学生としての適性を疑われて退学に追い込まれる可能性すらある。


「どうしよう……どこかに落ちたのかな……」


半狂乱になりながら、コレットは夕闇の迫る広大な校舎内を必死に探し回った。


——同じ頃。


学務棟から遠く離れた、古い時計塔の裏手に続く使われていない石造りの地下回廊。 薄暗い松明の光のなか、一人の男子生徒がコレットから盗み取った『総論部』の書類を火鉢に投げ入れようとしていた。


「フン、あの平民女め。これで書類紛失の責を問われて一発で追い出され——」


「——おいおい。俺の隠れ処(ナワバリ)で、こそこそ面白ぇことやってんじゃねえよ」


低く、どこか投げやりで不機嫌な声が暗闇から響いた。


男子生徒が跳ね上がるように振り返ると、そこには石壁に背を預け、煙草の煙をゆらりと吐き出している美青年がいた。


くつろげた襟元、柔らかく波打つ亜麻色(アッシュブロンド)の髪、そして射抜くような眼光。 「不良研究員(フェロー)」ことリュシアン・フォン・アルテンブルクであった。


「フェ、フェロー・リュシアン……!? なぜこんなところに……」


「退屈しのぎにサボってただけだがね。……で? お前が手に持ってるそれ、さっき平民の馬鹿女が必死に探してた書類じゃねぇか」


「こ、これは違います! 私が正当に処理を——」


「くだらねぇ嘘ついてんじゃねぇよ」


リュシアンがだるそうに指を弾いた瞬間、音もなく圧縮された空気が爆ぜ、男子生徒の足元で鋭い旋風が渦を巻いた。足首を締め上げる透明な風の刃(ナイフ)に、男はその場に縫い付けられたように動けなくなる。


「ひいっ……!?」


「気に入らねぇな」


リュシアンは足音もなく歩み寄ると、拘束されて震える手から、『総論部』の書類をするりと引き抜くようにひったくった。


「お前如き雑魚が、この俺を騙し通せると思ってたのか? ああ?」


「す、すみませんでしたぁっ!」


拘束を解かれた生徒は、恐怖の悲鳴を上げながら逃げていった。


「……ハッ、消えろ」


冷たく吐き捨てたリュシアンは、手の中の書類を見つめ、心底面倒そうに溜息をついた。


◇


日が沈みかけてきた頃。涙目になりながら石畳を探していたコレットの前に、影がひとつ落ちてきた。


「おい、平民女」


「え……フェロー・リュシアン!?」


見上げると、リュシアンが片手をポケットに突っ込んだまま立っていた。 そして、コレットの顔にばさりと何かを投げつけてきた。


「きゃっ……! あ、これって……探していた『総論部』の資料!?」


「時計塔の裏のゴミ溜めに落ちてたぞ。お前、頭おめでたいんじゃないのか? 自分の管理する資料すら守れねぇとか、終わってるな」


リュシアンは不機嫌そうに言い捨てた。


「あ、あの……! もしかして、フェロー・リュシアンが探して届けてくださったんですか……!?」


「はぁ?脳みそ腐ってんのか?たまたま視界に入ったから、拾ってやっただけだ。感謝される筋合いもねぇ」


「いいえ……! 本当に助かりました! これがないと私、大変なことになるところで……。ありがとうございます、フェロー・リュシアン!」


満面の笑みで、心の底から頭を下げて感謝を伝えるコレット。 その素直でまっすぐな瞳を正面から受けたリュシアンは、気まずそうに髪をかきむしり、視線を逸らした。


「……ちッ。いいから、その呼び方やめろ」


「はい?」


「授業中でもねぇのに、『フェロー』っていちいちつけるな、ってんだよ。鬱陶しい。」


「……!はい、ありがとうございました、リュシアン様!」


「二度とこんなヘボいマネやらかすなよ。俺の手間を増やさせんじゃねぇ」


吐き捨てて、乱暴に背を向けて歩き去っていくリュシアン。

歩きながら、リュシアンの目つきが冷たく鋭く光る。


(こないだ問題になっていた毒物騒ぎも、平民女が絡んでいなかったか?そして今回の資料紛失騒動……。あの馬鹿、何に巻き込まれているんだ?首謀者の派閥は……?)


リュシアンは暗い地下通路の影に消えながら、ある一つの答えに行き着き、舌打ちをひとつ漏らした。


(ヴァルテンベルク(クロード)の野郎……自(・)分(・)の(・)女(・)の(・)始(・)末(・)くらい、ちゃんとつけておけってんだ)


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