第2話 勇者としての日々→そして
俺、神影霞はマイペースな平和主義者だ。
できるだけ目立たないように生活し、なんの変哲もなく毎日好きなことをして生きれればそれでいいと考えている。
それなのに、現在進行形で非日常を過ごしているのは正直耐え難い話というやつだ。
何が言いたいかと聞かれれば、まあ非常にシンプルな答えだ。———“元の世界に帰りたい”。それだけ。
女神は帰ることはできないと言っていたが、言うなればそれはあちらが勝手に言っているだけだ。
本当は帰る手段があるんじゃないか?
奴らは俺らを帰したくないからそれを秘匿しているだけなのでは?
奴らの信用は俺視点ゼロ。それに、俺は諦めたくはないし、抱いた疑念に賭ける価値はあると思っている。
平和主義者だが、決して脳死でハイハイと従う奴隷ではないのだ。
目的のためなら自分で行動することが大切なんだ。そのために、俺は折れない。
———頑張れるかは知らんけど、今は死に物狂いで目的のために頑張りたい、ってところだ。
—————————
あれから数日、まず俺らは王様に謁見した。
気持ちの悪いくらいに歓迎され、わざわざ育成施設と今いる豪華な客室まで用意された。
ただ、それからはもう地獄の日々だった。
まず俺らは『ステータス』というものを渡された。
ゲームのようにレベルや能力値、職業なんかが可視化されていて、その瞬間は思わずワクワクしてしまったのだが、それは数値を見て落胆に変わった。
周りでは委員長が『剣聖』とかいうファンタジー御用達の雑に強い職業をもらっていたり、飛鳥きらりというギャルが《大魔導師》という職を得ていたり、その他にも百パー強いだろという職業を得た奴らが大勢いた。まさにチートという感じで羨ましい限り。
そんな中、密かに胸を躍らせながら見た俺の職業は———、
「盗、賊……?」
———反応に困った。
いや、悪くはないと思う。いろんなRPGにも盗賊はあるし、盗賊が強いゲームも多分ある。
ただ、確実に華がない。まあ、そういう意味では俺にピッタリか。
絶対に目立たないしな。むしろ当たりかもしれん。弱い職業だということにかこつけてサボれるカモ……!
こっから何をさせられるかは知らないが、危ない罠の探知とか斥候とかの命の危険がある系の役じゃなければ、最低限の安全が保証されるはず。
———よし、俺の過ごし方は決まった。
目立たないことはいつも通りに、なるべく無能を演じよう。
ただ、あまりにも役立たずだと何をされるかわからないから。ある程度成績を出しつつ、塩梅を見てということで。
これを当面の活動方針としよう。
と、いうことでこの世界についてだ。そして最初に断っておくが、俺はほとんどの座学はぼーっとして聞いていなかった。
大事そうな情報としては、この世界には人類と魔族以外にも沢山の種族がいること。
例を挙げれば獣人やエルフなど。
世界各地に存在するダンジョンに潜ることで能力値を伸ばせたり、レベルを上げたりできること。
ただし相応の危険があり、魔物がいたりトラップがあったりなど、ちゃんと死にかねないものらしい。
教育者のおっさんは「勇者のステータスなら問題ないだろう」なんて言っていたが、死ぬ可能性がある時点で全然問題アリである。
一回ダンジョンに連れてかれたが、周りの奴らは狼とか中型のモンスターを軽々討伐していくのに、俺はスライムやゴブリンのような、どんな媒体でも雑魚として描かれるタイプのモンスターしか倒せなかった。
少々悔しいが、目立たないという方針には沿っている。……複雑だが。
魔法についてはちゃんと学んだ。
理由はカッコいいから。
日本男児たるもの魔法への憧れを捨てちゃぁいけないわけよ。
ということで魔法の説明。
五大元素というものがあり、火、水、土、雷、風が全ての魔法の基本。
そこから派生して聖魔法や冥魔法、毒に植物、回復や身体強化まで様々な魔法が存在している。
人それぞれ得意不得意があったり、職業によっても左右されるもの。
俺は土魔法と風魔法、それから冥魔法と毒魔法に適性があるらしい。
なんか全体的に地味なんだよな……。
もっとこう炎でバーンってやったり雷を降らせたりーみたいな?そんなカッコいい魔法を使いたかった。
余談だが、件の大魔導師さんは全部使えるらしい。
うーんズルい。が、まあ戦わない言い訳になるし、何度も言うが方針的には合っているので受け入れよう。
これも余談だが、俺たちを召喚した魔法などの高度な魔法は教えてもらえなかった。
—————————
ということでここまでがこの異世界に来てからの数日間だったのだが、俺は決めた。
———『そうだ、旅に出よう』と。
もっと詳しく言えばここから逃げ出そうと。
理由は単純で、家に帰りたいからだ。
なんか周りはその気になって勇者ライフを楽しんでいるが、俺はそんなことよりも早急に家に帰りたい。
両親の顔が見たい。ダラダラアニメ見たりゲームがしたい。あと日本食が食べたい。
実はコッソリ帰る手段を探していたのだが、それらしい情報はなかった。
バカでかい図書館で文献とか魔法に関する資料を漁ったのだが、そもそも召喚という単語すら出てこなかった。———というか、意図的にその情報を排除している風に感じた。
そこで俺は、ここにいては絶対に帰ることなど叶わないだろうと確信した。
だから俺は、今日ここを抜け出す。
こういう時友人がいたら良心が痛んだりして決断できないものだろうが、悲しいことに俺には友達はいないため余裕だ。
こういう時限定だが、陰キャであることが役に立って本当に良かった。———ヨカッタ……。
……まあいい、気を取り直してさっさと決行してしまおう。
部屋の窓を開け、下を覗き込む。
大体五階くらいの高さ。
普通なら無理だろうが、盗賊なら可能性はある。
腐っても異世界特典的な能力なんだ。それくらいはできないと困る。
そうだ、どうせならこの客室の価値のありそうなものや、旅で必要になる物品をいくつか拝借することにしてと……そして、意を決した。
———この選択に、別に大した理由なんてない。
ただ下らない、平和な日々を過ごせればそれでいい。
そうだ、帰ったら味噌汁を飲もう。
鯖の塩焼きも食べたい。
あとは肉じゃがとか。お母さんの得意料理だし。
これがホームシックってやつなのだろうか?
それはわからないが、俺の“意思”ってやつは絶対に本物で、誰かに曲げられるようなものじゃないと思う。
偏屈な思考かもしれない。でも、知ったこっちゃあない。
「———よし」
俺は一度深呼吸して、覚悟を決めた。
———この世界のことなんか知ったことか。
それに、俺一人いなくなったところで大して変わらないだろうし、問題はない。
「盗賊スキル・壁歩き」
窓枠を掴みながら石レンガ造りの壁面に慎重に足をかける。
瞬間、スキルの力が発動し足が壁に吸い付いた。
……こういう時下は見ないようにすることが大切だ。
そのまま恐る恐る窓枠から手を離す。
重力に沿って落ちていく———ことはなく、体を90度曲げ壁面が地面の役割を果たしはじめた。
「よし……成功……」
このまま地面まで歩いて行って……幸い地上は誰もいない。ヨシ!行ける!アイキャンフラァァイ‼︎
ふ———着地も完璧。音もなし。ここからは一目散に全力疾走。オールライト。
盗賊のスキル効果で気配を消せるため見つかる事はないだろうし、気配を消すのは陰キャの特技。
———あばよ異世界‼︎俺は俺のためだけにこの力を使わせてもらうぜ‼︎
そうして俺は月夜を駆けていった。
———この時の俺はまだ知らない。この逃亡が後々異世界に大きな影響を与えることを。




