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部屋へ戻ると、俺は段ボールをリビングの床へ静かに置いた。
それを真似するように拓真がケージを床に置く。
見慣れた殺風景な部屋の中で、小さなハムスター用のケージだけが妙に浮いて見える。
拓真はケージの前へ座り、心配そうに中を覗き込んだ。
「ハムタ……生きてる?」
丸くなったまま眠る小さな身体は、ぴくりとも動かない。
それでも呼吸だけは落ち着いている。
古家が失敗するはずはない。
俺はそれを分かっていたが、拓真は不安で仕方ないらしい。
しばらくすると、ハムタの小さな鼻がひくりと動いた。
続いて耳がぴくりと震え、ゆっくりと目が開く。
ハムタはぼんやりと辺りを見回したあと、よろよろと立ち上がった。
「動いた!」
拓真は飛び上がるほど喜び、段ボール箱を慌てて開けると、中から餌を取り出した。
「ほら、ハムタ!」
ケージの中へ餌を入れる。
しかし、ハムタは匂いを嗅ぐだけで口をつけようとはしなかった。
「あれ?」
拓真は首を傾げる。
「どうして?」
「手術を終えたばかりだ」
俺はケージを見つめたまま答える。
「明日には食べるだろ」
「……うん」
拓真は不安そうに頷いた。
それから二人でしばらくハムタの様子を眺めていた。
部屋にはテレビもついていない。
聞こえるのは、回し車がわずかに揺れる音と、ハムタの小さな息遣いだけだった。
気づけば、窓の外はすっかり夕焼けから夜へと変わっていた。
「拓真、帰るぞ」
俺が声をかけると、拓真は名残惜しそうに立ち上がる。
「また明日、来るからね」
拓真はケージに向かってそう言い残し、俺と一緒に部屋を出た。
拓真を古家の診療所まで送り届けると、拓真は玄関先で大きく手を振った。
「八雲おじちゃん、またね!」
「ああ」
短く返事をして背を向ける。
マンションへ戻り、自分の部屋の扉を開けると、昼間とは違う静けさがあった。
リビングでは、ハムタがケージの隅で丸くなって眠っている。
俺はその小さな姿を一度だけ見つめると、静かに床に腰を下ろした。
依頼のない一日は終わった。
明日はどうなるのか、俺には全く予想ができなかった。




