表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/16

8

古家の診療所に到着し、診察室に入る。

診察室には薬品の匂いが漂っていた。

手術台の上では、小さなハムスターが静かに横たわっている。

腹には丁寧に縫合された跡があり、意識こそ戻っていないものの、胸は規則正しく上下していた。


拓真は駆け寄ると、手術台を覗き込んだ。


「ハムタ…」

小さな声で呼びかける。


古家は穏やかに笑い、拓真の頭を優しく撫でた。


「心配するな。ハムタはいま、麻酔で寝とるだけじゃ」


その言葉を聞いた途端、拓真の表情から緊張が消えた。

俺は手術台のハムスターを眺めながら尋ねる。


「このハムタとやらは、拓真、お前が飼うのか?」


拓真は腕を組み、小さく唸る。


「うーん……」


しばらく考え込んだあと、何か思いついたように俺を見上げた。


「俺、学校あるから、八雲おじちゃんの家で飼えない?」


思わず眉が動く。

俺はゆっくりと古家へ視線を向けた。


「古家。あのマンションはペット禁止だったな…確か」


古家は何事でもないように頷いた。


「ペット禁止じゃが、ハムタは特別にOKじゃ」


「やったあ!」


拓真は両手を高く上げて飛び跳ねた。

その無邪気な喜びように、俺はため息をつく。

気づけば、話は勝手に進んでいた。


「……勝手に決めやがって」


ぼそりと呟くと、古家は楽しそうに笑うだけだった。

拓真は俺の服の裾を軽く引っ張る。


「ときどき、ハムタに会いに行っていい?」


期待に満ちた目で見上げられ、断る言葉が出てこない。


「ああ」


短く返事をすると、拓真はまた嬉しそうに笑った。

今日は依頼のない、退屈な一日になるはずだった。

それなのに自宅に女が訪ねてきて、古家の孫と出会い、気づけばハムスターまで預かることになっている。


まったく。


どうやら俺の日常は、少しずつ狂い始めているらしい。



古家は診察室の奥へ姿を消すと、しばらくして大きめの段ボール箱を抱えて戻ってきた。


中には小さなハムスター用のケージをはじめ、餌、水入れ、回し車、トイレ用のマットまで、一通りの飼育用品がきれいに詰め込まれている。

俺は箱の中を覗き込み、思わず眉をひそめた。


「……なんでこんなものを持ってるんだ?用意周到にもほどがあるだろ」


古家は得意げに髭を撫でる。


「こういうこともあると思って、買っておいたんじゃよ」


その言葉に、拓真が目を輝かせた。


「さすが、じいちゃん!天才!」


古家は満足そうに笑う。


「ほっほっほ。そうじゃろ?」


まるで祖父と孫の漫才を見せられている気分だった。


俺は小さく息をつきながら、手術を終えたハムタをそっとケージの中へ移す。まだ麻酔が効いているのか、丸くなったまま静かに眠っていた。


「お前も今日は災難だったな」

小さく呟いてケージの扉を閉める。


左腕で段ボール箱を抱え、拓真がケージを持つ。


「じゃあ、行くか」


「うん!」


拓真は元気よく返事をすると、俺の隣へ駆け寄ってきた。

俺たちは古家の診療所を後にする。


古家は玄関先に立ち、穏やかな笑みを浮かべながら俺たちを見送っていた。

気づけば、左腕に段ボール。

隣には無邪気な少年。


昼、目を覚ましたときには想像もしなかった光景だった。

殺し屋の俺が、ハムスターを抱えた少年と家路につく。

人生というものは、本当に何が起こるか分からない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ