7
古家の診療所を出た俺は、少年を連れて再び近くの公園へ戻った。
夕方の公園は相変わらず静かで、子どもの姿もほとんどない。
俺たちは空いていたブランコに並んで腰を下ろした。錆びた鎖が揺れるたびに、小さく軋む音が響く。
少年は足が地面に届かず、ぶらぶらと揺らしている。
俺は前を向いたまま、ぽつりと口を開いた。
「古家に孫がいたなんてな……」
少年は首を傾げる。
「孫?」
「さっきの、お前のじいさんだろ?」
少年は首を横に振り、少し笑った。
「じいちゃんは、俺を育ててくれた人だよ」
その一言で察した。
「親はいないのか?」
少年は笑顔を消し、視線を足元へ落とした。
しばらく沈黙が続く。
やがて、小さな声で話し始めた。
「死んじゃったんだ。あんまり覚えてないけど。じいちゃんが教えてくれた」
俺はそれ以上聞かなかった。
親の話なんて、他人が軽々しく踏み込むものじゃない。
「……そうか」
短く返すことしかできなかった。
少年が俺の方を見る。
そのままじっと俺の右腕を見つめ、不思議そうに尋ねた。
「おじちゃんは?どうして腕がないの?」
俺は自分の右腕へ視線を落とし、小さく笑う。
「巨大なモンスターと戦って、やられたんだ」
少年の目がぱっと輝いた。
「どんなモンスター?」
「ブラック企業という名のモンスターだ」
少年は意味が分からないという顔で首を傾げる。
「なにそれ?」
思わず苦笑が漏れた。
「まだ、お前は知らなくていい」
少年は納得していない様子だったが、それ以上は聞いてこなかった。
ブランコがゆっくりと揺れる。
その穏やかな時間は、殺し屋の俺には似合わないほど静かで、少しだけ心地よかった。
ブランコはゆっくりと揺れ続けていた。
気づけば、さっきまで他人だった少年と並んで座り、他愛もない話をしている。
こんな時間を過ごすのは、いつ以来だろう。
俺はふと思い出したように口を開いた。
「そういや、名前を聞いてなかったな。俺は八雲だ。お前は?」
少年は勢いよく顔を上げる。
「僕は拓真!木下拓真だよ」
名前を言うだけなのに、宝物を見せびらかすような笑顔だった。
「いい名前だな」
「そうでしょ?」
拓真は胸を張って得意げに笑う。
その様子がおかしくて、俺も少しだけ口元が緩んだ。
それからしばらく、二人で何も話さずブランコを漕いだ。
風が頬を撫で、鎖のきしむ音だけが静かな公園に響く。
やがて俺は立ち上がり、軽く腰を叩いた。
「もう、そろそろ戻るか?」
拓真もブランコから飛び降りる。
「じいちゃんのとこ?」
「ああ」
俺が左手を差し出すと、拓真は何の迷いもなくその手を握った。
温かく、小さな手だった。
古家の家へ向かう道を並んで歩く。
住宅街は夜に近づき始め、少しずつ人通りも増えてきた。
拓真が俺を見上げて言った。
「ねえ、八雲おじさん」
「なんだ」
「八雲おじさんには夢とかある?」
不意を突かれた質問だった。
夢。
そんなもの考えなくなって、もう何年経つだろう。
俺は少し考えてから答えた。
「……特にない」
そして聞き返す。
「お前は?」
拓真は待ってましたと言わんばかりに笑顔になった。
「おれはねぇ、警察官になって、悪いやつを捕まえること!」
その無邪気な声に、俺の足が一瞬止まりそうになる。
警察官。
よりにもよって、俺とは正反対の道だった。
「警察官か……」
拓真は期待するような目で見上げてくる。
「なれると思う?」
俺はその瞳から目を逸らさなかった。
「あぁ。人は、なりたいものになるために生まれてきたんだ。
だから…なんにだってなれる」
その言葉を聞いた瞬間、拓真は満面の笑みで拳を突き上げた。
「やったあ!」
その姿を見ていると、不思議なことに胸の奥が少しだけ温かくなる。
その夢だけは、誰にも壊されず叶ってほしい。
柄にもなく、そんなことを思ってしまった。




