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部屋にいても退屈なだけだ。
依頼がない日は身体が鈍る。何もしない時間が長いほど、余計なことばかり考えてしまう。俺はコーヒーカップを流しへ置くと、黒いスーツを羽織り、財布と携帯だけを持って部屋を出た。
廊下は静まり返っている。
さっき追い返した隣の女の姿はもうなかった。あれでよかった。ここでは誰とも関わらない。それが長く生き残るための鉄則だ。
ボタンが押されたエレベーターの前に立つ。
しばらくして、エレベーターが最上階へ到着し、ゆっくりと扉が開いた。
ちょうどそのタイミングで、一人の男と目が合った。
年齢は二十代後半くらい。
白いシャツに黒いズボンという、ごく普通の格好をしている。両手にはコンビニの買い物袋が提げられていた。
どこにでもいる普通の男。
だが、その表情だけが妙だった。
何かに追われているような、落ち着きのない目。
周囲を警戒する癖は、普通の人間にはあまり見られない。
男は俺と一瞬だけ目を合わせると、すぐに視線を逸らした。
俺も何も言わず、そのままエレベーターに乗り込む。
ここでは互いに干渉しない。
古家のマンションでは、それが暗黙のルールだ。
男が何者なのか。
なぜあんな顔をしていたのか。
興味がないと言えば嘘になる。
だが、それを知ろうとは思わない。
人の事情を知れば、面倒事まで背負い込むことになる。
男が降りたのを確認し、俺はエレベーターのボタンを押した。
そのまま一階まで降り、マンションの自動ドアを抜け、街へ足を踏み出した。




