表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

13

目を覚ますと、カーテンの隙間から差し込む西日が部屋を橙色に染めていた。

身体を起こし、壁の時計を見る。


午後四時を回っている。

思った以上に眠ってしまったらしい。


「おはよう」


聞き慣れた声がした。

視線を向けると、雨音がベッドのそばの椅子に腰掛けていた。


「よく眠れた?」

そう言って、コップに入った水を差し出してくる。


俺は何も言わず、その水を見つめた。

沈黙だけが流れる。

雨音は小さく笑う。


「疑ってるのね」

そう言うと、俺の手からコップを受け取り、自分で一口飲んでみせた。


「ほら」


何も入っていない。

そう証明したかったのだろう。

だが俺は、その水には手を伸ばさなかった。

黙って立ち上がり、寝室を出る。


「もう帰るの?」


雨音の問いにも答えず、玄関を抜け、自分の部屋へ戻った。

洗面所へ向かい、蛇口をひねる。

冷たい水で顔を洗い、鏡を見上げた、そのときだった。


首筋に違和感を覚える。

鏡越しに目を凝らす。

黒いペンで、小さく文字が書かれていた。


『さよなら』


俺は無言で指先を当てる。

インクが指につく。


「……」


すぐに石鹸を取り、何度も擦る。

黒い文字は少しずつ薄れ、やがて跡形もなく消えた。

だが、胸の奥に残った違和感だけは消えない。


どうしてだ。

ただの悪戯だ。

それなのに、首筋に書かれた文字が妙に胸へ引っかかる。


もう二度と会えない、別れの言葉のように書かれた文字。


「……」


雨音が俺の頭を撫でた時、幸せを感じてしまった自分がいる。

あの瞬間が永遠に続けばいいと、そう思ったのは何故なのか…わからない。


俺は考えるのをやめ、リビングへ向かった。

ハムタはケージの中を元気に歩き回っている。


俺が寝ている間におそらく部屋に拓真が来たのだろう、

餌は補充され、水は替えてある、汚れた床材も新しいものへ取り替えられていた。


小さな命は、何も知らずに餌を頬張っていた。

その姿を見ていると、不思議と気持ちが落ち着く。

俺はシャワーを浴び、そのまま寝室へ戻り、ベッドへ倒れ込んだ。


天井を見つめながら、首元に書かれていた文字を思い返す。


『さよなら』


なぜ、あの言葉に動揺したのか。

理由が分からない。

分からないはずなのに、その言葉が心のどこかを静かに締めつけ続けていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ