第5話 狭間に揺れて
「少し暑いね。窓開けよっか。」
特に暑いとは思わなかったが、「あぁ、そうだな。」
とだけ返す。
窓を開け、入ってきた風に栗色の髪を少しなびかせながら、月の明かりに照らされる彼女は、絵にして飾っても映えるだろうというほど綺麗な姿をしていた。
そんな感想を抱いてしまうほど、人間界に来てから感情を知り、いい奴とも出会い、色々な人と話すことが増えたことでスードは浮かれていた。楽しかったのだ。
だから、レフィリカが恐怖で唇をギュッと紡ぎ、それを気取られないように落ち着こうとしていることに気づかない。
「それで、なんで俺だけ部屋に残したんだ?」
少し気まずいと言える空気の中で、先に言葉を発したのはスードだった。
ピクッとレフィリカの肩が跳ね、「そうだよね。」と呟き長い息を吐く。
さぁこい、生まれて初めてのモテ期だ!
「…スードってさ、一体何者なの?」
「••••••••は?」
想定していた言葉と違うものが来て、スードは一瞬フリーズする。そして遅すぎたが、気づいたのだ。
レフィリカの大きな茶色い瞳には恐怖、そして敵意が映っていることに。
な、んで。は?どういうことだ!?質問の意味がわからない。その表情の意味が分からない。理解が追いつかない!バレたのか?いや、バレるようなことは一切、絶対になかったはずだ!
思考がフリーズした後、急速に加速する。喉が乾き、何か言わないといけないのは分かっているが、言葉がまとまらない。
そうだ。まだバレたと決まったわけじゃない。俺は訓練もそつなく簡単にこなしていた。それをレフィリカは疑問に思ったのかもしれない。
じゃあ今のレフィリカの表情の理由は?
そして何か言わなければ、とスードは言葉を出そうとする。しかし、レフィリカが二回目の言葉を発する方が早かった。
「ごめんね、この質問じゃなんのことか分からないよね。…ふぅ、単刀直入に聞くよ。」
一息間をおいて、レフィリカの表情に覚悟が映り、震えた声でこう言った。
「スード。あなたは魔族なの?」
•••••••••殺そう。
なんでバレたかは分からない。どうして2人きりでこの話をしたのかも分からない。でもそんなこともうどうでもいい。だってバレてしまったのだから。
正直、ここでレフィリカを殺す事は愚策中の愚策なのだ。
スードの【再現】は対象を見ながらでないと出来ない。つまり人間界に来てから【再現】を使ったのは時計台での時だけだった。
加えて、理由はわからないがその時に【再現】を使っても出来なかった人間もいた。騎士団員は【再現】できなかったのだ。
つまり、戦いに役立つ記憶のストックはあの時外にいた冒険者数人分しかない。
それでこの騎士団の中心で逃げ切れるか?無理に決まっている。
その点、レフィリカは冷静だった。もし襲われた時、叫びが皆に届くように窓を開けておいたのだ。
それにも気づかず、レフィリカを殺す準備を右手を後ろに隠し、武闘家の冒険者の記憶をたどり、気取られないよう右手に闘気をためる。この手をレフィリカの頭に振り下ろせば、頭蓋はひしゃげ、凄惨な死を遂げることは間違い無いだろう。
「ものすごく失礼なことを言ってるよね。ごめんね。でも私、見えちゃったんだ。」
「……何が見えたんだ?」
殺す。殺しはするのだが、何故バレたのかは聞く価値があると考えた。
「私、透過の能力を使うと、見えるものも透過しちゃうみたいで、人の魂みたいなものが見えるの。生きている人は絶対にその魂は頭に一つだけあるんだけど。
……スードには魂が数え切れないほど入ってた。その中に、魔族の魂も1つ。」
今だに瞳に恐怖、敵意を宿しながら、レフィリカは理由を話す。
そして、話を聞いている間に少し冷静になれたスードはもう一つ、レフィリカの中にあるものがわかった。
レフィリカはまだ俺の事を信じているのだ。いや、信じているより、信じたいのほうが正解だろう。
その瞳には敵意と同時に、僅かな希望も揺れていた。
スードは魔族ではない、人間であるという希望が。
……まだ誤魔化せる。そうスードは確信した。なら、後は言葉を紡ぐだけだ。虚で塗り固められた嘘を。再び思考を加速させながら、スードは口を開いた。
「そっか。まず、怖がらせてごめん。あと俺は魔族じゃない。でもみんなには言ってなかった事があるんだ。」
「それは…何?」
魔族ではないと聞いて少し安心したのか、レフィリカの肩に入っていた力は見るからに抜けていった。
この一言だけで緊張を緩めるなんて、どれだけ人を信用するお人よしなのだ。そんな事を思いながら、スードは続けた。
「俺も固有能力があるんだよ。その能力は【再現】だ。見て、再現したものの記憶や姿を再現できる。」
「……え?」
レフィリカはポカンと口をあけ、信じられないと言った表情で驚いていた。だが、その反応も当然だろう。
「まぁ、そうなるよな。こんな法外な能力。俺がこんな能力を持ってるって知られたら、上にどんな利用をさせられるか分かったもんじゃないだろ?」
「確かに、【再現】なんて強すぎる能力、隠す理由がわかったよ。でも、魔族の魂が入ってたのは?」
「あー、それはだな。昔この能力でなんでもできると思ってた俺は1人で魔界付近まで行ったんだよ。その時に見つけた魔族を再現したからかな。流石にビビって見つかる前に逃げてきたんだけどな。」
そう笑い話をするように、100%の作り話を披露してみせた。それを聞いたレフィリカの反応はというと。
「…………はぁ〜〜〜っ。良かった〜。ほんっとに良かったよぉ。」
パタっと膝から地面に崩れ落ち、ものすごく安心しきった表情で目には涙を浮かべていた。
「わたし、ほんとに死ぬかもって覚悟して、でもやっぱり怖いし、スードのことも信じたいし。本当に怖かったんだよ〜。」
張り詰めていたものが音を立てるように崩れ、いつもの和やかな明るい雰囲気がレフィリカに戻る。
本当に良かった。このままレフィリカを殺しでもしていたら、俺は騎士団に捕らえられ、拷問の後に殺されてただろう。安心感が津波のように襲い、スードも今にも体が崩れ落ちそうになるが、耐える。
「ごめんなレフィリカ、いらない心配をさせて。」
「いいんだよ。こっちこそごめんね。魔族って疑って。」
「いいんだ。お前の立場なら仕方ないことだよ。よく1人で耐えたな。」
心からそう思う。女の子1人で魔族かもしれない相手に立ち向かうなんて、到底できることじゃない。
「えっへん!スードを信じたかったからね!」
そう言ってドヤ顔で控えめな胸を張るレフィリカは、思ってた以上に強い奴なんだとスードの心に刻み、今日の一幕を終えるのだった。
◇
部屋に帰りベッドに入ったスードはやっとちゃんと落ち着くことができ、反省する。
人間界に来てから、浮かれすぎていた。人間を知り、完全に上手くやれていると調子に乗っていたのだ。
バレかけた理由は仕方なかったにしても、その相手がレフィリアじゃなければ確実に言い逃れは出来なかっただろう。
レフィリアを殺さなくて、本当によかった。……あれ?
その言葉に隠れた思いに、気づいてしまった。気づきたくなかった。だって、こんなに残酷な事はない。
俺は完全に絆されてしまったみたいだ。
今までは、楽しくても、仲良くなれても最終的には殺すことになにも抵抗はなかった。だが、今はどうだ。
人間は近い未来、確実に殺される。 でも…、でも。
レフィリアを、殺したくない。
「さいっあくだ。」
自分は魔族であるという誇り、そして使命と、大事な人間がいるという狭間で揺れながら、スードは悩み続ける。
悩み続けたのだった。
すごい悩みましたが、スードにとってはここはターニングポイントなので、ここまでを第一章とすることにします。2章からもっと面白くできるよう頑張ります。見てくださってありがとうございました!




