第4話 作戦会議
「ハァ……ハァ……」
今にも地面に崩れ落ちそうな体と、今朝食べた物を物を全て吐き出してしまいそうな気持ち悪さを我慢しながら、それでもビルスは走り続けた。
「オィ、おせぇよお前。邪魔だ。」
悪態をつきながらドーラはビルスを抜き去ってゆく。これで何周差を付けられただろうか。ビルスは周りとの差を埋めるどころか、かろうじてついていくことすら出来ない。
「もうっ…ハァ……1ヶ月もっ……経つのにっ……。」
歯を食いしばりながら、泣きそうになる気持ちを必死に抑え、それでも諦めまいと走り続けた。
訓練生になってから1ヶ月、本当に地獄のような訓練が続いている。寮の横にある広い土のグラウンドを1日2回、4時間ずつに分け走り続け、終われば剣術の指導だ。対人訓練であったり、素振りを行い、最後は魔術を魔力が尽きるまで打ち続けた。
「あいつよく続いてんなぁ。」
それがスードの率直な感想だった。見た感じ、剣術、魔術は少し才能があるのだろうが、その才能も体力の無さで発揮できずにいる。成績はダントツで最下位だ。そんな状態で周りからバカにされ、何故あんなにも頑張るのだろうと本気で思う。
「あー、スードまたてー抜きながら走ってるぅー。何考えてんの〜?」
後ろからそう明るい口調で絡んできたのは綺麗な栗色の髪を首元まで伸ばした美少女レフィリカだ。
丸く大きな茶色の瞳でこちらを見つめ、小さい口でこう続けた。
「当ててあげよっか。ビルスのこと心配してるんでしょー。」
「俺は別に…。いや、そうだな。心配してる。」
心配というより、気の毒、何故という気持ちの方があるが、ここは心配だという方がいい奴だと思われるだろう。
「ビルス。すごい頑張ってるけどそろそろ限界だと思うんだ。同期として、どうにかしてあげたいよね…」
レフィリカとは訓練初日に、剣術の訓練でペアになり、そこからよく話すようになった。というより、レフィリカからすごい喋りかけてくる。…もしかして俺のことが好きなんじゃないか?
「やっぱりここに来てからはじめに仲良くなったのがスードだからさ、スードの友達は私も助けたいじゃん!」
「あ、あぁ、そうだな。」
それにしてもよく喋る。初日から思っていたが、レフィリカを含め、身体能力が普通でないやつがここにはとても多い。人間はそういった生まれ持った強さを持つ者は少ないと聞いていたんだが、いわゆる黄金世代というやつなのだろうか。
「そうだ!今夜、ビルスと3人で集まって作戦会議をするのはどう!?いい提案じゃない?」
正直めんどくさい、が、確かに仲良くなったビルスをこのまま放っておくのもいい気はしない。それに仲間を助ければ自ずと好感度も上がり役に立つ事があるかも知れない。
「そうだな!でも場所はどこでする?」
「私の部屋おいでよ。最近ニーナが夜になるとどっか行っちゃうんだよね。聞いてもどこ行ってるか教えてくれないし…。」
「えぇ、でもいいのか?男子2人が女子の部屋に行くってのは。」
「いいの!規則で部屋移動はダメって言われてないし大丈夫でしょ!」
そういうことでもないんだけどなぁと思いつつも、満遍の笑みでそう言い切ったレフィリカは夜に集まって話すのが楽しみなのか、それからの訓練中はいつもより楽しそうに見えた。
◇
「じゃあ、第1回ビルスの体力をつけようの会を始めまーす!」
ぱちぱちぱちと言いながら嬉しそうに手を叩くレフィリカにつられ、スードとビルスは拍手をする。
「2人とも、僕のためにこんな夜遅くにごめんね。なんてお礼をしたらいいかわからないや。」
「いいんだよ、友達なんだし。それより早く始めよーぜ。」
と、そのまえにー、とレフィリアがなにかニヤニヤしながら立ち上がり、おもむろにカバンを開け、何かを取り出した。
「ジャジャーン。みんなで楽しくしたかったので、お菓子持ってきちゃいましたー!」
「なっ!お前、こんなのどっから持ってきたんだよ!」
「今日夕食が終わった後、寮をこっそり抜け出して買ってきたんだー。」
そう言ったレフィリカはものすごくドヤ顔でベッドの上にお菓子を並べた。
「ダメだよレフィリカ!寮を出たなんてバレたらどうするつもりだったのさ。」
この6ヶ月間、どうしようもない用でもない限り寮を出るのは禁止されている。それなのに訓練が始まってはや1ヶ月で破るとは、彼女は中々大物の予感がする。
「バレなかったんだからいいのー。さ、食べて食べて!」
あまりに無邪気なものだから、ビルスもスードもこれ以上何も言えず、流されるままお菓子を食べ、作戦会議が始まる。
「それで、申し訳ないけど、俺は体力をすぐにつける方法ってのは正直分からないんだよな。そういえば、ビルスはなんでそこまでして騎士団に入りたいんだ?」
あそこまでビルスが頑張る理由、それがどうしても気になって先にそう問いかけた。
そしてビルスは下を向きながら、思い出を語るように話し始めた。
「そういえば言ってなかったね。僕の家はお父さんが僕が小さい頃に死んじゃってさ、でも兄妹が4人もいるからお金がないんだ。だから僕が騎士団に入れれば、お給料でみんなに美味しいご飯が食べさせられる。だから絶対に騎士団に入らないと行けないんだ。お金のためだなんて、不純だよね。」
「そんなことないよ!だからビルスはどんなに辛くても諦めずに頑張ってたんだね。うぅ…ぐすっ。」
そんな話を聞いてレフィリカは涙を瞳に浮かべ、ビルスの手を握った。なんて感受性が豊かでいい奴なのだろうか。
「大丈夫だよ。ビルスは絶対に入団できるよ。だってそんなに強くて折れない意思があるんだもん。それに私たちも絶対に困ったことがあれば助ける。」
「あぁ、そうだぞビルス。お前はいい奴だ。だから自分のことを不純だなんて言うな。何かあったら俺たちを頼ってくれよ。」
人間にもいい奴は少しだけいるとは聞いていたが、この2人は本当にいい奴みたいだ。人間を滅ぼす未来は変わらないが、せめて滅びる最後までは生きさせてもいいと思ってしまうくらいには。
「2人ともありがとう。元気が出たよ。」
少し気持ちが軽くなったのか、ビルスは少しすっきりした顔をして微笑んだ。
「それで、体力をつける策なんだけど、1つ私、聞いた話があるの。」
真剣な顔をしながら、レフィリカは続けた。
「私にもお兄ちゃんが1人いるんだけど、お兄ちゃんも近衛騎士団に所属してるんだ。それでね。お兄ちゃんが騎士団に入団して1ヶ月、家に帰ってきた時に言っていたことがあるの。」
「訓練が終わって、騎士団に入団しすぐ、これまで成績が悪くて入団ギリギリだった人たちがみんな急に強くなったんだって。不自然なくらいに。」
「でもね、これだけじゃ別にここで話すことじゃないよね。お兄ちゃんは成績の悪かった人たちだけじゃなくて、先輩たち全員にも違和感を感じたらしいの。その理由は2つあるんだけど、1つは魔法部隊でも、騎士部隊でも、明らかに苦手分野がある人がいないらしいの。それだけ訓練と試験が厳しいんじゃないかって最初は思ったんだけど、それだけじゃ説明がつかないって。」
「それでね、もうひとつの違和感なんだけど、騎士団の誰にも、怪我のある人が1人もいないみたいなの。」
その違和感はある種、都市伝説のようなものだった。回復魔法というのは、どんな腕の立つ術師でも治すことは確かに出来るものの、傷すら残さない、無くしたものを再生するというのは出来ないのだ。それこそ完全に元に戻すなんてこと、【再現】以外には。それなのに常に戦場にいる騎士に傷ひとつないなんて、ありえない。
「でも確かに、これまで見てきた騎士の中に、顔に傷がある人を見たことがないな。」
思い返せば街を巡回している騎士や検問をしている騎士、教官ベクトールすらも傷が無かった。
でもビルスは当然訓練で傷だらけだし、スードでさえ、治さなければ傷はつくし、残ったままだ。
「でもその違和感が本当だとして、レフィリカは何が言いたいんだ?」
「私はね、騎士団に入ったらもらうことが出来る、完全に市民には内緒にされた、お薬みたいなのがあると思うの。」
正直、ぶっ飛んでいる荒唐無稽な考察だ。絶対に無いか?と言われれば否定は出来ないが、それでもありえないと言いたくなる。彼女は確かに賢くは見えないが、そんなに馬鹿でも無いはず。何故こんな考えになったのだろうか。
「つまり、その薬は飲んだら身体能力や魔力が上がる。そして傷も全て回復すると。その薬を騎士団に潜入して探そうって訳か?」
そんなこと、出来るわけない。ただでさえ見張りも多い騎士団本部の中に潜入して、あるかもわからないものを探そうなんて。
「でも、私にはそれができるよ。」
そう言うと、レフィリカは右目を手で覆い隠した。瞬間、レフィリカの姿が目の前から消える。
「…!消えた!」
「…!レフィリカ!?どこに行ったの!?」
「………ばぁ!なんとずっと目の前にいました!」
声が聞こえたと思えば、なんと同じ場所に到底女子がしてはいけないとてつもない変顔をしたレフィリカが同じ場所に現れた。
「お、おぉなるほどな、レフィリカは固有能力持ってたのか」
「え、ああ…びっくりした…」
2人とも微妙な反応で渾身の変顔があまりウケなかったので途端に顔が赤くなっていく。赤面し、涙目を必死に誤魔化しながらレフィリカはこう続けた。
「ま、まぁ、そういうこと!これがあれば私1人で潜入できるってわけだよっ!」
確かに何かアクシデントがなければ、透明化なんて普通は見つかることはないだろう。だが、当然ビルスはこう言う。
「ありがとう、でもダメだよ。その能力はすごいし、僕のために考えてくれてすごい嬉しい。でも、そんなリスクは犯さないで。お願い、レフィリカ。」
「でも…」
ビルスにもプライドはあるだろうし、それ以上に自分のために他人がリスクに晒されることを許せない性格だ。
「レフィリカ。確かにお前の能力なら潜入出来るかもしれないが、何が起こるかわからん。それにあるかも分からない物のためにすることじゃない。」
「そう…だよね。ごめんね。私が思いつくのはこれくらいだったから。」
「謝らないで!僕のために考えてくれてありがとうレフィリカ!気持ちだけでもすごい嬉しいよ。スードも。ありがとう。」
落ち込むレフィリカをビルスは励ます。
「2人とも、改めてありがとう。でももう少し僕の力で頑張ってみるよ。みんなについていけるように。」
「あぁ、いいアイデアを出せなくてごめんな。困ったらいつでも頼ってくれよ。」
「私にも頼ってね!絶対助けるから!」
そうして、ビルスの体力をつけるいい案は出なかったが、今夜3人の絆は深まったのだろう。第1回ビルスの体力をつけようの会は終了した。
◇
「あ、スード。ごめんね。ちょっと2人で話したいことがあるんだけど…。」
ビルスとスードが部屋に帰る前、部屋の目の前で目を伏せたレフィリカがそう言った。
―――これは…まさか遂に告白か!?
だが、いつか殺す相手なのだ。断りはする、が、少しドキドキしてしまう。記憶では感じたことはあるが、自分で感じるのは初めてだ。少し嬉しい。
「じゃあ、僕は先に部屋に帰ってるね。」
「え、ああ、分かった。じゃあな。」
「うん。じゃあね。」
ひらひらと手を振ってビルスは1人で部屋に帰っていく。
「じゃあ、スード。もう一回部屋に入って。」
少し震えた声で部屋に入っていくレフィリカに、少しの期待を胸に抱いた浮かれたスードは後ろに着いていく。
そう言って部屋に入っていくレフィリカの顔が、恐怖で怯え、緊張で強張っていることに気付かずに。




