第28話 200年前の魔女2
―――あ……たい。か……い。
◇
鋭く鍛錬された鉄の刃が肉を切り裂き、炎で焼かれた肉と血の匂いの入り混じった戦場で大魔法を打つための魔力を貯める。
「南方向から魔物の群れ!アンネ頼む!」
「分かってるわよ!」
数え切れないほどの足音や爆音が響く中、緑髪の騎士団服に身を包んだ青年の叫び声が聞こえる。彼も今魔物と戦っているというのに周りをよく見ている。
「よし!お前らここから離れろー!」
その彼の声を聞き、中心にいる大魔法使いから南側の騎士達が一斉に横へと大きく跳ぶ。そうなれば後は開けた魔物だけの道へと魔法をぶっ放すだけ。
「はーーっ!!」
魔法使いは本来威力増幅の為、杖を持つことが多いが、彼女はそれを必要としない。何故ならこれ以上規模が大きくなれば仲間まで巻き込んでしまうからだ。
そして右手を頭上から振り下ろし、放たれた炎は轟音と高熱を撒き散らしながら斜線上全ての物を焼き尽くす。
「相変わらずだな、ヤバすぎるだろお前」
「ふんっ、これくらい普通の事だわ!」
褒められて当然だと言わんばかりに腰に手を当て豊かな胸をはり、鼻を高くして彼に見せた。
「はっ!その態度も相変わらず可愛くねぇな」
「2人とも喋ってないで戦って!まだ魔物残ってるよ!」
悪態を付き合う2人に翡翠色の三つ編みを下げた少女が背を向けて怒ってくる。目の前の彼と彼女は兄妹で騎士団に入隊しているのだが髪の色と性格がとても似ている。何にも物怖じせずズバズバ言いたい事を言うとても強い2人だ。
「悪かったよ!今行く!」
そう似た2人に対して物思いに耽っていたが、ここは戦場。そんな暇はない。
でも何故か、普段は絶対に言わないのにこれだけら言わなくてはと、伝えたいと思い、勝手に口が動いた。
「…さ、さっきの報告助かったわ!感謝してあげる」
「……は?」
アンネからの突然の感謝に、魔物へと飛び込もうとしていた彼の動きが止まる。今まで感謝どころか上からの悪口しか言ってこなかった彼女の予想外すぎる言葉にフリーズしたのだ。
「なんだ…?急に。きもちわり」
「きもっ…!?コロ…あぁもう!言うんじゃなかった!」
アンネを知らない人から見ればそれは感謝とは言えないほどのぶっきらぼうな物言いだったが、知っているものからすれば天地がひっくり返るほどの感謝だ。
それなのに、意を決して感謝を言葉にしたアンネは気持ち悪いと一蹴され、それはもう憤慨した。
◇
―――あや……たい。感…を……たい。
◇
戦いが終わり、王国へと帰ったアンネたちは同期のみんなと騎士団本部を歩いていた。
「それにしても、今日のアンネにはびびったな!「あなたに感謝してるわよぉーん」とか俺に言ってきたんだぜ!?」
両手でハートを作り、不快な裏声で事実を捻じ曲げて言いふらす彼のケツに思いっきり蹴りを食らわせてやった。
「っ!いってぇ!?」
「嘘ばかり言うからでしょうこのハゲ!ザコ!」
蹴りだけでは腹の虫が治らないのでセットで暴言も吐いておいた。
「でも、なんで急にあんなこと言ったの?」
ケツを抑え悶絶している兄を横目に、三つ編みを垂らした妹のアンがそう問いかけてきた。
自分でも分からないことを聞かれても返答に困る。
「分からないわよ!でも何故か、言っておかないとと思ったのよ…」
今もその気持ちが心の中にある。それも相当強い気持ちで無視ができない。今にもこの場のみんなに普段の態度を謝って、それでも仲良くしてくれてありがとうと感謝の言葉を伝えたかった。
しかし、イジられることを恐れてその抑えていた気持ちは発散の時を迎えない。
「この部屋ももうちょっと近くに作ってくれたらいいのにねぇー。本部の真ん中まで歩くのちょっと遠いんだよね」
ぐちぐち言いながら彼女は目の前の一際大きな扉を開けて中に入ってゆく。
―――あやま…たい。感…を伝えたい。
ズカズカと遠慮なく進んで行くみんなに置いて行かれる。何故か足が進まない。でも、進まないと。
「どうしたアンネ?早く入って傷治そうぜ!」
足を止め、俯く私に明るく声を掛けてくれた。明るく?この部屋を見て?
「あ、えぇ。今行くわ。」
しかしそんなよく分からない疑問はすぐに頭の片隅へと捨て、皆と共にカプセルの前へと歩いた。
これに入れば、先の戦いで受けた傷が回復し、またすぐに戦いに行ける。
地面がせり上がり、足元がカプセルの上の空いている部分の高さへと到達した。そして右足を一歩踏み出し、中へと…
―――あやまりたい。感謝を伝えたい。
ふと、そんな言葉が頭の中に強く浮かんだ。この衝動は決して止めてはいけない、そんな気がして、足を止めみんなに聞こえるようにこう言った。
「みんな、今までごめん。こんな私を最後まで心配してくれて、ありがとう」
瞬間、アンネの脳内に隠された記憶が蘇る。あの悍ましく、苦しい光景が。
「みんな!動かないで!」
みんなカプセルの中へと足を踏み出す寸前、土魔法で地面を操りみんなの足を止めた。ギリギリ間に合った。いや、間に合っているのかと聞かれれば既に間に合っていない。だが…
「もう、みんなを死なせないわ。」
動けなくなった彼らは何をしているんだとアンネに困惑の声を投げかける。
全て思い出したのだ。私は死ぬ直前、彼らに謝りたくて、感謝を伝えたくてそれを魔法にした。私にはそれが出来たから。
―――謝罪と感謝をトリガーとした記憶の再現魔法。あの死に際、絶望の淵で願いを形にしたのだ。
「ここにいちゃダメだわ!みんな私に従って!」
必死に説明し、言葉を投げかけるが、しかし正気を失っている彼らには全く届かない。どうする。どうする。どうする。
「あーあぁ、何故お前は記憶が戻ってるんだ?」
必死に訴えかけるアンネの後ろに、男の声がした。
岩のような硬くごつい体に、睨まれるだけで呼吸を忘れさられるような鋭い目つきをした元帥ヴァルガスだ。
今の私には分かる。彼がこの悍ましい状況を作り出した黒幕だ。正直、この距離での1対1なら勝てるかは分からない。でもここでこの男を殺さないとこの悪夢のような現実は終わらない。
両手を前に突き出し、都合20個の違う種類の魔法を同時に展開する。しかし、それらの魔法は発動に至ることは無くなった。何故なら、
「お前たち、命令だ。この女を殺せ」
その言葉を聞いた彼らは目に宿していた光を失い、足の拘束を無理やり破り思い切り突撃してくる。
「ハーッハッハッハッ!殺してみろぉ!?でないとお前が殺されるぞ?もうコイツらは死ぬまで止まらない!そう作り変えたからな!」
凶悪に笑い、下衆な目でその光景を人生で最高の瞬間とばかりに眺めている。
「大丈夫!みんな私が助けるわ!」
私は強い。力がある。だから私にはみんなを助けることができると自分に言い聞かせた。
しかしその覚悟を前に、あろうことかあの男は「ふっ」鼻で笑ってこう言った。
「お前は馬鹿じゃないのだ。分かっているのだろう?コイツらもお前ももうただの死体だ。魂がないからなぁ」
「……っ!」
分かって、いた。もう本当の彼らは死んでいると。魂すらも修復されて生きながらえるなんて、そんな都合のいい話があるわけ無いのだ。
「…っ、ごめんなさい…」
私には、その現実を無視して自分の信じる道を突き進む心の強さは無い。もう、彼らは救えない。そして私も。
だからせめて、この腐った悪魔どもを完膚なきまでに殺してやる。
「絶対に、殺してやる…!」
グツグツ腹の中で煮えたぎるあの悪魔への殺意を留め、自分の幻影を作り出した。しかしただの幻影ではない。それには確かに血が通い、自分で動き出す。
「みんな、ごめんね…。君も、ごめん」
作り出した幻影が私の仲間達から総攻撃を受け、血と肉が無惨に飛び散る。それを隠れ蓑にして気配を消しながら、この世の悪意を詰め込んだようなその光景を絶対に忘れまいと目を逸らさず、脳裏に刻んだ。
―――絶対に殺してやる。
もう戻らない仲間の死の悲しみを上回る憤怒でおおい隠し、アンネはその場から、騎士団から逃げ出した。
◇
「そうして、一度騎士団から逃げ出した私は自分の屋敷に隠し通路を作り、あの悪魔どもを殺すために今、生きているのよ。」




