第29話 200年前の魔女3
「そうして、一度騎士団から逃げ出した私は自分の屋敷に隠し通路を作り、あの悪魔どもを殺すために今、生きているのよ。」
200年前の壮絶な出来事を語る目の前の魔女、アンネの目と声色には、もうすでに語った彼らへの親愛の色は感じられずただただ怒りの色だけを映し出していた。
「そんな…ことが。あなたは復讐のためにこの200年を1人で生きてきたのですね」
それを聞いたビルスはかつての英雄が語る真実に、同じく怒りの色を瞳に宿している。およそ同じ人間とは思えないような悪意の塊へと。
「ごめんなさい、レフィリカ。あなたの前でこれを言おうか迷ったのだけれど、言わないと始まらないから…」
同じく、一度どころか何度も殺されているはずのレフィリカはこの話を聞いてどう思うか心配だったが、彼女は想像よりも遥かに強く逞しい。
「大丈夫だよアンネさん!それはもう分かっている事なの。それに、もうこの2人に私は今生きてるって言ってもらったの。だからそれを信じるよ」
薄い胸に手を当て、鼓動を確かめるように目を閉じた。彼女の心はもう決まっているのだ。例えどんな事実が彼女を襲おうと。
「それに私はアンネさんも死んでいるなんて思ってないよ!話せば分かるもん!魂がどうとか関係ない、考えて、人を思えるならそれはもう生きてるんだから」
この話を聞いて心が折れてしまわないかの心配は杞憂だった。彼女は折れるどころか、ニッコリと元気に笑いアンネを励ます。そんな明るく眩しい太陽にアンネはふふっと笑いこう言った。
「あなたはとても強いのね。少しみくびっていわ。なんだか逆に励まされちゃったわね」
彼女は人を明るく照らす力がある。そんな彼女を、そしてみんなの命を残酷に利用しようとする悪魔を到底許すことはできない。
俺が元は人間の敵であって、魔族である事はあえて棚に上げよう。その上で、奴等を絶対に殺す。彼女の話を聞いて、レフィリカの笑顔を見て、ビルスの怒りを感じてそう強く決心した。
「なんで200年生きているかとか、なんで魔王様と関わりがあるかとか、それは教えてくれないんだな?」
「えぇ、そうね。ごめんなさい。それは私からは言えないの」
アンネにはまだ秘密がある。でもそんな事関係無いくらい彼女の怒りは深く、強い。それだけで信じるに値するほどに。
「この悲惨な状況の黒幕は元帥ヴァルガスと国王よ。あの2人は何らかの固有能力とカプセルの効果を合わせて老いを止め、魂が無くならずにずっと生きながらえてるわ」
国王は未だに見たことはないが、元帥はついこの前会ったばかりだ。元は実力のある騎士だったのだろうが、その立場に胡座をかき今やあのだらしない体だ。
どれ程の搾取と、悪逆非道な行いをしてきたか想像がつかない。
「あのカプセルの効果は脳の記憶を読み取り、綺麗な状態の体を再生するものと、記憶と認識の変換。でも、それにも制限があるわ」
「制限?」
「えぇ、記憶の蓋を出来るのは一部の記憶だけ。そして新しい認識を入れ込むことが出来る数もせいぜい2つか3つね」
「……だから、か」
アンネの考察を聞き、肘をテーブルに置き顎を手で支えながらスードは記憶とその情報を擦り合わせる。
おそらく、彼女の考察は正しい。レフィリカが訓練1ヶ月目の時の夜、騎士団に対して違和感を感じていた事がその証拠だ。
あの時、もう既に彼女は殺されていたからその記憶は蓋をされ、違和感のないように認識を変えられた。だが、それ以前の昔から騎士団に対して持っていた違和感までをも消すことが出来ず噛み合わなくなった結果、薬というぶっ飛んだ発想になったのだろう。
「なら…そんなに絶望的でも無いかもしれないな」
「そうだね…だから記憶の蓋なのか」
考え込み、少し光明が見えたスードにビルスが同調する。それを見たレフィリカは「え?あ、ああ!そそういう事か!」と強がっているが多分分かっていない。
「レフィリカ…分からないならちゃんと言えよ」
「うぅ…ごめん、分かりません」
見栄を張るレフィリカに目を細めてそう言うと正直に分からないと言ってくれた。思ったより落ち込んでいて心が痛くなる。
「ま、まぁ、つまりあのカプセルは記憶を消してるんじゃない。見えないように隠して、そこに偽物の物を貼り付けて認識を変えてるんだ。」
「うんうん、つまり?」
首を小さく横に傾け、結論を迫ってくる。それにスードは椅子から立ち上がり、自信満々にこう言った。
「みんなに隠された真実を思い出させれば、認識の変換は効果を失う!みんなと争わなくて済むんだ!」
「……っ!ホント!?」
あくまで推測でしかない。だが、可能性は十分に高く、それが出来ればあとは元帥と国王を叩くだけ。
「でも…そっか。だからアンネさんはみんなを諦めたんだね。みんながそんな悲惨な真実を知って絶望する姿なんて、見たくないよね」
「……っ、あなたには本当に驚かされるわ。そうよ。私はそれが耐えられなくて、見たくなくて助けなかった。悲しい思いをさせるくらいなら、何も知らずに人生を終えたほうがいいんじゃって…」
彼女の核心をつき、ふいをつかれた彼女は目を見開き驚いた後、一筋の涙を流した。
「やっぱりあの時、無理矢理にでも連れて逃げるべきだったわね…あなたを見ていれば本当にそう思うわ」
あの時諦めた自分の弱さ、後悔など計り知れないほどの大きな気持ちが渦巻いていただろう。
だが、200年もの間復讐に燃え続けている彼女は一筋の涙を頬に伝わせるだけで止め、生涯その気持ちを隠し通す。それがアンネのできるせめてもの見捨てた彼らへの償いだった。
「あなた達に1つ聞かせて。皆が真実を知れば、おそらく絶望でうちひしがれる人がほとんどだわ。それでもやるの?」
かつて彼女が出来なかった決断。それを今目の前の3人に今一度問うた。
「俺はやる。それでみんなが助かるなら」
「僕もやるよ。知りたくなかったと言われても、絶対に助けてみせる。」
スードとビルスの言葉を聞いて、レフィリカは胸に手を当てアンネと向かい合う。その目に映った覚悟はある種、開き直りのようなものだ。それが本当に良いものなのか、止めさせるべきかを計ることは誰にも出来ない。
「私が、絶対に助ける。何が出来るかは分からないけど、出来ることを必ずやり遂げるよ」
そう言い切った3人の逞しい姿に、魔女は再び流れ出そうになる涙を瞬きで収める。
今、アンネがが3人に加わって戦うことは出来ないが、ただ願った。道中は厳しいものになるだろう。だが、その行き着いた先が、綺麗で淀みのない世界であってくれと。
―――ただ、願った。




